第1章 光明と暗黒は背中合せ
2 心中は一度だけ
自殺や心中の記事は、毎日の新聞面から消えたことはありません。そういう人たちは、この広い世のなかに、自分の身の置きどころがないものと観念し、悩みぬき苦しみぬいた末に、おもいきったことをするのですが、そのなかには、死に切れないでいるところを助けられたとか、三原山に投身したが、口元の岩にひっかかったので這いあがって助かったとか、いろいろの状態で、この世に呼び戻された人がずいぶん多いのであります。
しかし、そういう人たちが、二度と自殺や心中をしたいという話を聞いたことはありません。この世に絶望したというなら幾度(いくたび)でも自殺のやり直しをして、初一念を通すべき筈なのに、大抵は、というより殆ど全部の人が、一遍やればもう沢山、あとは知らぬといった顔つきでケロリとしています。
五尺の体の置きどころのないほど狭かった世の中が、急に広くなる筈もないではないか、という人もありましょうが、それは全く急に広くなったのであります。
こんな芝居(たしか曾我廼家だったでしょう)を見たことがあります。
――思い思われた男女が、添われぬ果敢(はか)なさから、この上は心中だと、川に身投げをしましたが、二人とも別々に流され、別々に助けられました。助かって見ると、思いつめて死のうとしたことが馬鹿らしくなり、心をいれかえて懸命に働いているうち、二人ともそれぞれ配偶者(つれあい)を得て結婚し、朗(ほがら)かな家庭をつくりました。それから十年後に、偶然の機会で二夫婦めぐりあい、昔のことを語って笑い興じたというのでした――。
心機一転しさえすれば、五尺の体のおきどころのなかった世の中が、急に涯(はて)しのないほど広く大きくなります。首を右に曲げれば暗黒、左に廻せば光明――、自殺をした人でも、心のもち方一つで、この芝居のように明るく朗かな人生を楽しめるのであります。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。