第1章 光明と暗黒は背中合せ
4 暗闇のドン底から
最後に私の体験を一つ話さしてもらいます。
私は十九歳の時、新声社を起こして、雑誌と出版をはじめ、一時は社業大いに振ったのですが、何分、血気にはやりたがる青年時代のことですから、「勘定合って銭足らず」をいった仕事をしていたため、とうとう持ち堪えられなくなり、その方に見切りをつけて、新規蒔きなおしをすることにしました。
それは私の二十六歳の秋であります。
従来の仕事を譲って得た金は相当の額なので、今後の活動に事欠くようなことはないと、大いに安心していましたところ、その金はいつの間にか盗られてしまって、私は全くの無一文になったのであります。しかもそれが単なる盗難ではなく、口にすることの出来ない事情がありましたので、私の受けた打撃は実に大きかったのでありました。
もう自分はどうすることも出来なくなった、いっそ死んだ方がよかろう、死ぬならば――、と今おもいだしてもゾッとするようなことを考えました。私は今一歩で闇黒のドン底へ落ちこもうとしたのであります。
が、二日ばかり寝ているうちにすっかり気持ちを換えることができました。七年前に新声社を始めた時も無一文だった、今また無一文になったからとて何も悲観することはない筈だ。裸一貫で躍りだすことが、寧(むし)ろ更生の仕事にふさわしいというものだろう――と、元気を取戻して朗かに立ちあがったのであります。
翌(あく)れば日露戦争の起った明治三十七年、私はその五月に新潮社をはじめて今日に至ったのでありますが、闇黒から光明へ――文字通りこういう道程を通って来た私は、闇黒と光明とは背中合せだ、ほんの紙一重の差にすぎないことを、体験としていうことができます。
だから、人生の行路に悩んでいる人を見ると、自分のことのように気になり、「しっかりなさい。そんな情けない顔なぞしないで、朗かに笑って、あなたの目的とするものにぶつかって行きなさい。道はきっと拓けますよ。」
こう言って、頑張れ頑張れと声援してあげたくなるのであります。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。