第2章 飛躍の機会を逃すな
3 機会は気が短い
新しき世界へ飛躍させる機会は、常に人の来(きた)って捉えることを待っているのであります。その機会をなぜ逃(にが)す人が多いかというに、自分のこの力量で果して大丈夫だろうかと首をかしげ手を組んで、考えているうちに、気の短い機会はサッサと外(ほか)に回って行ってしまうからであります。
「これでは一生うだつが上らない」「自分はこんなみじめな境遇で終って了(しま)うのか」などと愚痴をこぼす人があります。生涯を下積みで終ることは、決して幸福ではないのですが、しかしこういう人たちも、長い間には、高く飛躍のできる好機会に、二度や三度は必ず見舞われたに相違ありません。そのとき、役にも立たぬ引込み思案が、折角与えられた好機会を逸してしまったのであります。
これに反して大きな仕事をして来た人、例えば大会社、大銀行等で重要な椅子を占めている人たち、又独立で世間に目立つような事業をして来た人々は、その出世の道中で、上の地位に就くことを求められた時、尻込みをしたり、暫く考えさせてくれなどと、踏んぎりの悪かった人は、一人もない筈であります。
ここに於いて、
「人間というものは、ある地位に置くと、その地位に適当な人物に変化し、頭脳も、腕前も、風格も、それの相当して来るものである。」
というのが、動かせぬ真理であることを悟らさせられます。尤(もっと)も、よい地位におかれたからと言って、有頂天になって努力することを忘れたら、元の黙阿弥に逆転するのは云うまでもありません。その地位に置かれたという自覚あって努力してこそ、地位に適(ふさ)わしい向上をするのであります。
意外なところから抜擢されて、あれでは貫目(かんめ)がどうかなどと思われた新しい大臣が、暫くその地位に居って勉強しているうちに、おのずと貫禄が具わって来て、議会の弁論応酬なども板につき、難局に処して非常な力を現わすことも、珍しからぬ所であります。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。