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『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)2_04

第2章 飛躍の機会を逃すな

   4 新世界へ飛躍の資格

 よく官庁や会社などで、椅子の入れ替えがあります。折角庶務の仕事が吞み込めたと思ったら、不慣れな会計に回されたり、関西方面の仕事にやっと自信が出来たのに、東北にやられたりしますが、それに不平を起こしてはなりません。地位を替えられることは、その人にとって、一段向上すべく運命づけられたものであります。よし転任によって俸給が何程か下ったような場合でも、それは未だ知らない仕事を覚えて自分の世界を広め将来の飛躍の準備をするのだと、喜んでその新地位につけばよいのであります。宴会の席で、与えられた椅子はどんなところであろうと一向に頓着せず、平然と箸をとるような気持で仕事をやって行ったら、その地位が要求するだけの働きはどんなにでも出来るものであります。
 こんな実例があります。
 私の社の宣伝部のなかに、新聞雑誌等の広告用の版を書いたり彫ったりする係りがあります。一昨年のこと、そのうちの一人が事情があって急に退社することになりましたので、その方の相談役の某氏に、早速、一人補充をたのみますと、
「今度は社内からとりましょう。それには、Sという少年がいいと思います。」
と言いました。
 S少年というのは、彫刻などには経験も知識も持合わさない、ただの子供に過ぎないのです。それを、そういう方面に抜いたところで、間に合うまでには可なりの年月がかかりましょう。これは少々呑気すぎる話だと思い、その旨を言いますと、
「あの少年には見どころがありますから、是非引き上げたいと思います。そう決りましたら、彫刻室の中へ入れて、外(ほか)とはあまり関係のないようにして下さい。」
と言いました。
 彫刻の方の事は、信用して相談している人に斯(こ)うまで言われたのですから、その通りにしますと、驚いたことは、十日ばかりで、もう刀(とう)の使い方を呑みこみ、一ヶ月あまりで一寸した仕事は間に合うようになりました。
 最初この少年に言いわたした時、何のためらう様子もなく、素直に引き受けましたし、後で聞いたことですが、自分は大勢の中から抜擢されたのだという感激、自分は最早給仕ではなく、彫刻係りだという認識。そしてこれに伴うだけの努力をしなければならぬと決心したそうであります。これでは、新しい世界に飛躍する資格に少しの欠けたところがありません。彼は今ではもう社内で大事な仕事をする一人となったのであります。この心構えこそは、評判甚だ香(かん)ばしからぬ家橘が、一代の名優羽左衛門に飛躍した心構えでなければなりません。
 どんな人の前にも、向上し発展せしめる絶好の機会は常に往来しています。いかにしてこれを摑むか、その呼吸や工夫を悟入する上に於いて、以上、聊(いささ)かの参考ともならば、私の大きな喜びであります。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

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