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『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)3_03

第3章 人はなぜ貧乏するか(上)別題、人はどうすれば幸福を摑めるか

   3 貧乏を苦にするな

 生れ落ちて富貴の境遇にいる人は、ほんの少数であって、大部分は、貧しい生活をしています。その中から頭を擡(もた)げて相当の立場をつくった人は、例外なく米谷氏のように、貧乏の中に居って貧乏を少しも苦にしなかったのであります。この一事を先ず胸に刻みつけて下さい。
 私たちはどんな境遇にあっても、それとよく調和して行かなければならないのであります。自分は何の某という貧乏人の息子としてこの世に生れたことは、今更どうにもならぬ運命である以上、その運命を呪って、なぜ岩崎家の次男坊に生れなかったかと残念がったり、どうして三井家の親戚にならなかったのかと不平を起したところで、始まらない話であります。
 この運命という意味を、もっと適切な言葉で示せとなら、「大自然」の法則の現れと云いましょう。世の中のことでこの法則に外れるものは一つもありません。例えば夏どんなに暑さが厳しくとも、夏の暑いのは自然の現れですから、それを苦にしたところで、何(ど)うにもならないのであります。寧ろ夏は一切の物の生い育つ時、五穀もこれで熟するのだと感謝の気持を有つようになれば、暑さは少しも苦にならず、食物(たべもの)がうまく、体が丈夫になって、夏痩せなどはしないものであります。
 この、夏を苦にしないという心持で、貧乏の中にいなければならぬ、――私の言いたいのはこれであります。貧乏を厭だとじたばた騒ぐほど益々深みへ沈んで行きます。その証拠には、暑さを苦にすれば、暑さは体内に喰い込むように烈しく感じられますし、又、病気をした時、早く治るだろうか、この上悪くなったら何うしようか、などと様々に気をつかうと、病気は悪い方にどんどん進んで行きます。病気のことなど思い出す余裕もないように一生懸命に働いていますと、大抵は不思議なほど早く治るものであります。手近な例をあげますと体に腫物(できもの)ができたとき、それを気にして掻いたり摩(こす)ったりしていると、なかなか癒(なお)りませんが、打捨(うっちゃ)って何うもしないで置けば、知らないうちに痕跡(あとかた)もなくなってしまいます。
 これは病気ばかりでなく、一切の場合に当てはめて言えます。貧乏の中に居ってそれに囚われず、平然としていることができれば、心は常に豊(ゆたか)で、のびのびと明るくなり、そこから向上発展の道が拓けて行くのであります。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

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