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『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)4_04

第4章 人はなぜ貧乏するか(下)

   4 金の生る木――貧乏神退散

 さて、かの壮年の男、いろいろの教を受けたことが嬉しく、更に七日の間心を浄めて、八日目の朝、夜のしらじら明けに起きて白髯翁の家に行くと、翁は欣然(きんぜん)として迎え、
「度々の教訓よく守って神妙であるのに、今かく朝起きするようになって、汝の顔に貧の相は消え失せた、福運を授かること疑いない。」
と言ったというところで、この話は終って居ります。

 なるほど、夫婦仲よくして酒色に迷うな、辛抱は第一、人の富を羨まずに真剣に働け――こう説いてくると、どうしても朝起きで結ばれなければなりません。
 元来人は太陽と共に起き、身も魂もその光りに浄められて仕事にかかるべきものであります。少なくとも太陽が中天に昇ったのに、尚おいぎたなく寝ているようでは、その人の仕事から芽は吹きだしません(夜遅くまでやっている商売は例外として)。前回の米谷氏も朝起きの人でした。某氏、某氏、某氏、数えて見れば、成功者の殆ど全部は朝起きの人です。寝坊の建てた土蔵(くら)は無いと昔から言いますが、貧乏神の一番好きなのは、黴菌と同じように日の光りの射さないところであります。
 徳川家康は、近侍のものたちが、金の生る木というものは本当にあるかどうかと話しあっているのを聞かれ、白紙の真中へ一本の棒を引いて、その真上に「朝起き」と書き、それから、左右に一本ずつ書き足し、右に「正直」、左に「働き」と書き、
「これが金の生る木じゃ、朝起きの幹に、正直と働きの枝があれば、大判小判は願いのままじゃ。」
と教えられたという話が残っています。幸福を生みだすところの根幹は、朝起きだということが分って見れば、どんな人でも蒲団にしがみついて寝坊はして居られなくなりましょう。
 では、窓という窓、戸という戸をすっかり開け放って、太陽の光りの照らさぬかげをを無くし、一生懸命に働いて、「わが宿の貧乏神」に一刻も早く出て行って貰おうではありませんか。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

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