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『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)5_01

第5章 最後の最後まで頑張れ

   1 梯子乗りへの警告

 二三年前の消防出初式の日のことですが、私の社の前でも、梯子乗りがありました。
 三間半の長梯子が立てられると、一人の若者が、するすると身軽に登って行きました。梯子は竹なので、ちょっと動いても左右どちらかに、ひどくしないます。その上で放れ業をやるのですから、見物は手に汗を握ってハラハラしていました。
 かれこれ五分間、ひと通りの芸が終ると、その若者は、梯子を降りだしました。中段ごろまで来たとき、突然、
「気をつけろ!」
という鋭い声がします。それは、さっきから唇を一文字に結んで、瞬きもせずに見つめていた組頭の口をついて出た言葉でした。私はハッとして梯子を見上げましたが、何の変ったこともなく、乗り手は無事に降りて来ました。
 その後、組頭に会った時、「気をつけろ」と叫んだわけを訊(たず)ねますと、
「芸をやっている最中は、割合に怪我をしないものですが、危ないのは降りるときですよ。仕事が済んだという安心で、つい気をゆるすのでしょうね。そこで、一寸注意したのです。」と言うのでした。
 昔から勝って兜の緒をしめよというとおり、勝ったからとて油断をしてはならないのに、未だ勝ちおおせぬうち、即ちその事が完了せぬうち、油断をしてはならないのに、九仭(きゅうじん)の功を一簣(いっき)に欠くことになります。土を盛って九ひろの山を築こうとする場合、最後の一もっこを怠っては、その仕事は出来あがらないのであります。
 だから、いついかなる時でも頑張り通さなければなりません。よく、終始一貫と言います。事業に成功する第一要素は、終始一貫にありと云ってもよいのですが、これは容易にできることではありません。例えば、一年間これこれのことを続けると誓った場合、三百六十四日までやっても、終りの一日を休んでは、もう終始一貫でなくなります。
 だから、最後の最後のぎりぎりまで、頑張れということになるのであります。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

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