第7章 あらゆる物から教えられる
2 相手に教えられる
さて、それからのカナリヤはとても元気で何の故障もなく、産卵も孵化もすべて順調に進み、いい子供がどんどん殖えて行ったそうですが、経験がないのにどうしてそんな成績を挙げたのでしょうか。
それは社長の命令である以上、全力をつくしてこれに当らなければならぬという決心をし、小鳥の本を読んだり、鳥屋へ尋ねて行ったりして、できるだけの力を尽しているうちに、カナリヤが可愛くて堪らなくなったそうです。そうすると、カナリヤがいろいろ教えてくれることに気付いて、びっくりしたというのでした。
例えば、カナリヤがお腹が空けば、お腹の空いたことを教えてくれ、水が呑みたければ呑みたいと教えてくれ、籠の中が汚なくて掃除がして欲しければ、そういうことも教えてくれるのです。カナリヤはその要求するところを、皆この人に分るようにしてくれるため、素人でも楽にやって行かれたというのであります。
この話を聞いて、おもい出されるのは、藤吉郎と言った若い頃の秀吉が、ひどく瘦せ衰えた「青」という馬を飼ったときのことであります。
秀吉は主人信長の命令だから、世にこれ以上の大切な仕事はないと思い込み、全身全力をあげてそれにあたりますと、「青」は秀吉にすべてを語り、すべてを教えてくれたのであります。次の一文はこの間の消息を明かにしています。
「お早う、上天気だな今日も――」
と挨拶した。この時に「青」が楽しい顔をするか、気乗りのしない顔をするかを、彼は一目(ひとめ)で見わけるであった。
「青」が前足で、床板を蹴って、長い首を甘えるように竪(たて)にふりだすのは、いうまでもなく飼葉の催促であった。
「待て待て、いま起きたばかりではないか。今やるぞ。」
と藤吉郎も伸びた調子で、「青」をたしなめながら手早く馬の朝飯を用意する。(中略)
そんな事をする間も、始終彼は馬と話をする。彼は人間に話すのと同じ心で「青」に語り、人間と同じ言葉で「青」から聞いた。「青」もまたよく藤吉郎の言葉を解し、声なき言葉で自分の心を藤吉郎に伝えるのであった。(矢田挿雲氏『太閤記』)
こうして馬に知識のない秀吉が、「青」を立派に仕上げることができて信長の信用を得、出世の第一階段を上ることとなったのであります。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。