スポンサーリンク

『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)7_03

第7章 あらゆる物から教えられる

   3 松の葉にそそぐ雨の音

 天地は一切わが師なりと云います。見るもの、聞くもの、すべてが自分に何物かを教えてくれるのであります。禅家が木の葉の散るのを見て大悟一番し、剣士が滝の落ちるさまを見て剣機を知ったというような話は珍しくありませんが、どんな職業の人でも、その業に練達するには、仕事そのものから教えられるのであります。
 山の芋を掘るには、そとに現れている蔓から、芋のよしあしを教えられ、鰻つりは、泥土の様子で鰻のいるかいないかを教えられるものだと云います。
 私は曾(かつ)て、出版物の校正刷りに向いますと、誤植(活字を間違って組みつけたこと)の活字が、おもしろいほど紙の上に飛びだして私の目のなかに入り込むと言ったことがありますが、それは長年、倦むことなくこの仕事をやって居りますと、活字の方でちゃんと教えてくれるのであります。
 詩人の北原白秋氏は、ある年の梅雨の時に、雨の音を聞いて居りますと、だんだん心が澄んで来て、古池の面(おもて)にふる雨、池のほとりの真菰にふる雨、破れた垣根にふる雨、等々、ちがった音をたてていることが分りましたが、その中から、松の葉にふる雨の音ばかりを聴きわけようとして、遂にそれが出来たそうであります。
 松の葉は、何の雑念もなく、しんしんと澄みわたった詩人の「心の耳」に向って、あなたの今求めているものはこれだと、音高く教えてくれたのだろうと思います。

 故後藤新平伯は、その晩年に少年団の団長として、例の団服を着け、いかにも愉快気に少年の間に交じっていました。永田秀次郎氏は、どんな心持でやっていられるかを聞きますと、伯は、
「わしは、子供たちを自分の先生と思っているのだよ。そして何でも子供たちから教わるように仕向けている。」
と云われたそうです。当時、永田さんは東京市長でしたが、この一言に深い感銘を受け、
「市民を先生と考えて、教えられる心掛けでなくては、市長の仕事は出来るものではない。わしは伯の一言で東京市長学の大きなヒントを得た。」と語られました。
 後藤伯ほどの人が、而も七十歳の高齢でありながら、少年から学ぶものを求めようとする心境なればこそ、いつも水々しく、若々しく、進歩的、積極的の政治家として、大きな存在だったのであります。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

Secured By miniOrange