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『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)9_03

第9章 己れを誇り飾る心

   3 広田外相の逸話

 総理大臣をした人が平気で、唯の大臣になるなどは、高橋是清翁以後にはあるまいと思っていました所一度首相だった広田弘毅氏は、近衛内閣に入って外相の椅子についたのであります。
 これは己れを飾ろうとか、見識にかかわるとか、世間的の名聞に囚われている人には出来ないことであって、氏は昔から、えらそうな顔をしたり、高ぶったりすることなく、極めて謙譲の人だったと聞きました。
 曾て駐露大使時代、賜暇帰朝されたとき、東京駅のホームを埋(うず)めた出迎えの名士大官の中に、杉山茂丸翁もおられました。氏が青雲の志を抱いて上京したころ、書生として翁の世話になったことがあるのであります。広田氏は、出迎えの人々へ一わたり挨拶を済ましたあと、つかつか杉山翁のそばへすすみ寄り、翁の持っている折カバンをもらい受け、翁に随(つ)いて駅の出口まで行って、そこで自動車に乗る翁を見送られましたが、それは、当り前のことをやったという風で、少しの不自然さもなかったそうであります。
 この有りがたい話のなかに、広田氏の全貌が浮きでて、その内閣入りの気持ちも朧(おぼろ)げながら分るし、氏が今日の地位を築きあげた土台は、これだろうとさえ思われるのであります。
 己れを誇り飾る心の微塵もない話――極暑のとき、涼風に顔を撫でられるような爽かさを覚えます。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

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