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『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)9_04

第9章 己れを誇り飾る心

   4 掛値のない正味の自分

 三菱とか三井とかの本店支店にいて手腕を揮ったとか、満鉄の本社または出張所にいて、名声を馳せたとか、――そういう大どころでなくとも、相当の舞台で働いていた人が、職に離れ、生活難に陥って、もがき苦しんでいる話を聞かされもすれば、又見ても居ります。
 こういう人たちの多くは、日本有数の会社の大看板を背景にしていればこそ、その才能を現わし、手腕を揮い得たのであります。而もその才能手腕というものも、引き上げられて高い地位にのぼり、そこで仕事の呼吸をおぼえ、コツも呑み込んでから獲られたものに外なりません。
 それを一切自分ひとりの力と自惚れ、いつまでも人に使われて月給生活をしているのは馬鹿の骨頂だ。ここを出て独立して働けば、儲けは丸どりで思うままのことができると、飛んだ慢心を起し、長い間勤めたところを離れて見ると、羽衣を奪(と)られた天人同様、手も足も出なくなり、急転直下して生活難に悩むようにさえなるのであります。
 新聞記者が、要路の大官を訊ねて、「君が」、「僕が」で話をするようになると、自分も天晴れ大名士になった気持で肩で風を切っていたのが、社をやめてから行くと、玄関払いを食わされて人情の軽薄を憤慨したという話を屡々聞かされます。新聞記者が優遇されるのは、個人ではなく、何々新聞という肩書そのものであります。肩書がとれると、最早何の用事もなくなるのは当然でありましょう。
 ソクラテスは「汝自身を知れ」と申しました。私はこの聖句の下に「これ一切を知るにまされり」という言葉を付け加えたいとおもいます。本当の自分を知ることのむずかしさは、古今その嘆を一にするところであって、私たちの目は、あらゆるものを見ることができますが、ただ一つ、掛値のない正味の自分の姿を見ようとすると、目は曇っていろいろの錯覚を起すのであります。
 その目を曇らせるものとは、慢心であります。かなり聡明な人でも、いざ自分のことになると、おかしいほど自惚れて、思い上った態度をとるものであります。
 昔、つむじ風に吹きあげられて、偶然、高い塔の上へ昇った男が、下を瞰(み)おろして「みんな虫のように小(ち)ッぽけではないか。」などと言って得意になっているうちに、欄干から足を辷らして、真逆さまに墜ちて片輪になったという寓話がありました。
 この話を聞く人は、何という馬鹿者だと言って笑うことでしょう。ところが、その笑う人たちも、大抵は同じような錯覚を起している仲間であります。大勢の人が椅子に腰を掛けている中で、自分だけ官庁、会社、新聞社などさまざまの高い台の上に立って、えらそうに振舞う人にいかに多いことでありましょう。
 そういう人達は、足場としているその高い台から振り落されて、やっと慢心の鼻が折れたのでは、もう手遅れで、多くは、どうにもならない状態に追いつめられて了います。地位の高下や月給の多寡で人間の値打が決るものではありません。自分の仕事を天職と信じて懸命に働く人こそ、どんなに地位が低くともえらいのであります。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

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