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『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)10_02

第10章 嫌いな仕事が好きになる

   2 食べ物の好き嫌い

 そんなことを言ってから、話題を一転して、
「あなたは、ずいぶん食べ物の好き嫌いがひどいでしょうね。」
と言いますと、娘さんはびっくりして、
「マア、母はそんなことまで申しましたか。」と目をみはりますので、
「お母さんからは何も聞きませんが、ちゃんと分るのですよ。裁縫のきらいだというほどの人が、食べものを何でも受け入れる筈はありませんからね。食べものばかりでなく、人に対しても、きっと好き嫌いはひどい筈です。それは一つ頭からでてくる心持ですから、事に触れ物に応じて同じように働くのです。
 そんなことでは世の中がせまくなるばかりで、決して幸福な生活はできませんから、そういうへんくつな考えを破ってしまわなければなりません。只今私の言った通り、世の中に厭なものはない、ただ味わないだけだと悟られて、まず食物(たべもの)は、人を活かすために天から与えられたものだと感謝しながら箸をとりますと、本当の味がわかるので、みんな旨(おい)しく食べられます。こんな旨しいものを、どうして今まで食べなかったろうと寧ろ不思議に思うくらいになりましょう。
 一切のものを受け容れるという、豊かな気持ちになって、人は始めて肉体も、そして精神も健康になるのです。朝日新聞で昨年の春、全国から選抜した健康児が、殆ど例外なく皆食べものの好き嫌いがないというのは、実に面白いことだと思いました。あなたも、あれが嫌いだ、これは厭だなどという心持ちを、今日かぎり、さらりとお棄てになるんですね。気持ちがそうなってから裁縫をなさると、針の運びがおもしろく、肩が凝るようなことは絶対にありませんよ。」
 娘さんは、話が終りに近づくころから、はじめの少々蓮葉(はすっぱ)な調子は消えて、まじめに聞いていましたが、やがて慇懃に頭を下げ、礼を言って帰りました。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

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