第11章 癇癪の虫を封じる
2 癇癪は人を殺す
ひどい癇癪は、人の命を絶つことさえあります。
私がまだ郷里にいた十四五歳の頃、東京何々団と称する、実は田舎まわりの芝居がかかりました。初日に忠臣蔵を出しましたが、例の殿中刃傷の場で、師直(もろなお)が判官を侮辱しだした時、私はふと横の方を見ると、四十前後の男が、血走った目を瞬きもせずに師直を睨んでいます。師直がだんだん傍若無人ぶりを発揮すると、その男の憤慨が高まり、蒼白(まっさお)になった顔から殺気が迸(ほとばし)っているので、私はひどく気になり、絶えず見ていました。いよいよ判官が師直に斬りつける、あの高潮した場面になった刹那、例の男はアッと一声叫んで、口から鮮血を吐いて、ひっくり返りました。場内は大へんな騒ぎでしたが、家へ運ぶひまもなく、そこで息は絶えてしまいました。
ひどい癇癪を起せば、人は死ぬことがある――という事実を、私はまざまざと目の前に見たのであります。何という恐ろしいことでしょう。その男は、病気を持っていたかも知れません。而も死期を早めたものは、はげしい癇癪であること、もとより疑う余地がないのであります。
これは極端な例ですが、平常(ふだん)、この癇癪のために人はどんなに健康を害されていることでしょう。心が明るく朗かな時は、胃の運動は活発なので何を食べても甘(うま)く、元気で働かれますが、その反対に癇癪がむらむら湧いて来ると、胃痙攣や下痢などの起ることは、何人も知るところであります。
血圧の高くなることは、脳溢血の原因だといって恐れられていますが、癇癪を起した時は、体を動かさなくとも、血圧のどんどん高まって行くことは、医学上すでに実験済みであることを知らなければなりません。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。