第12章 小事に油断するな
4 一本の活字と一粒の豆
出版物の校正については、前にお話ししたことがある筈ですが、小事をゆるがせにしてならぬ例に、これは最も適切であります。
この『向上の道』一冊は、振仮名を別にしても、約十二万という活字が入っています。それを一字一字原稿とてらし合せて、違った活字を直してゆくのが、校正の仕事であって、更に再校、三校と幾度も読み直して行くのですが、読みながら一寸外(ほか)の事を考えたりすると、もう違った活字をそのまま看過ごしてしまいますから、分秒の油断も許されません。
それと共に、筆者の意図をはっきり摑んでそれを生かして行くだけの細心な、行届いた注意もいるのであります。曾て明治文壇の大家だった饗庭篁村氏の作のなかで、上野の秋の夕方、鐘がコーンと鳴ったというのを、校正係の人が、鐘だからゴーンだろうと、濁点をつけたのであります。これで秋の静寂な感じが打ち壊されてしまったと言って、篁村氏が「校正(後世)畏るべし」と洒落まじりに慨嘆したという有名な話が残っていますが、濁点一つで、文豪の作の味いを生かすか殺すかということにさえなるのですから、実に容易ならぬ注意がいるのであります。。
校正の外のことに囚われず、一心不乱にその仕事に溶け込む境地にならなければなりませんが、それには、自分のやっている仕事は、活字一本の間違いでも、これを出版する社の信用に関する――だから自分の仕事は、社の信用を高めるか壊すのかの点にまで響くものであるという信念が肝要であります。
更にいま一つの例を挙げましょう。
亜米利加のピッツバーグ町にハインヅという缶詰工場があります。直営の農場の就業員が二十万人という大規模で、缶詰では世界第一と称されて居ります。
先年某氏がそこへ視察に行きますと、十七八から二十歳(はたち)ぐらいの女工が大勢列(なら)ん、傍目(わきめ)もふらず熱心に豆をよりわけて居ります。若い娘さんには、とても根のいる仕事ですから、その中の一人に、
「毎日、こういう仕事をつづけていては、やり切れないでしょうな。」
と慰め顔に言いますと、その娘さんの答えこそは、世にも感心なものでした。
「あなたは日本のお方ですね。お国へもこの会社の缶詰は行っているでしょうが、缶を開けたとき、もし腐った豆が一粒でも出たら、この会社全体の品は、お国で信用されなくなります。ですから私たちは、ただ、一生懸命になって豆をよりわけています。」
一粒の豆は全工場の信用に関する! これ以上の立派な信念がありましょうか。ハインヅの製品が世界に雄飛するのは、この少女たちの繊手(せんしゅ)の力だと、つよく感得した某氏は、これこそ帰朝第一の土産であるとして語られたのでありますが、私も皆さんにこの話を捧げることは大きな喜びであります。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。