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『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)14_02

第14章 取越し苦労に囚われるな

   2 食堂の中毒騒ぎ

 ある会社の食堂で、四十人近い社員が昼食をたべ終って、二三十分ばかり雑談していると、その中の一人が突然ひどい吐瀉を始めました。それを見た傍の社員は、
「いま食べたものが悪かったんだ、僕もやられた。」
と悲鳴をあげて藻掻き始めると、三人五人とつづいて苦しみだし、とうとう全員に及ぼしてひどい騒ぎになりました。
 ところが、そのとき食事が済むや否や、箸をおく間ももどかしそうに、急ぎの社用で外出した社員がありました。夕方になって帰って来ましたが、昼食のあとが何ともなかったというので、苦しんだ連中はみな唖然としました。
 種々(いろいろ)調べて見ますと、始めに吐いた社員はその朝から腹具合が悪かったことや、悲鳴をあげた男はひどい小心者で、吐瀉の様を見て仰天したのだということが分りました。他の社員たちは丁度夏のことで、よく食堂の中毒騒ぎが新聞に出る所から、さてはやられたなと一斉に慌てだしただけで、何も根のないことは、その場を早く出て行った社員が、中毒騒ぎの仲間入りをしなかったことで立証されました。
 この話一つで、病気は勝手に製造されるし、又病気に恐怖をもてば、五十人でも百人でも一遍にその虜(とりこ)になるものだということが分りましょう。
 もともと胃というものは、一箇の物質であって、それ自身では何の働きをする力がなく、心の動くままに動くのであります。だから食べた物に恐怖をもてば、胃はすっかり消化の力を失って、吐いたり下したりもするし、その反対に、心に恐怖がなければ、揚子江の泥水を飲んでも何の異状がないということになります。
 浮浪者(ルンペン)が、魚の尻尾や野菜物の屑などをごみ箱から拾って食べて何の故障がない様を見て、下層社会の人間は幸福だと、つくづく羨ましがる人があります。羨ましがる筈です、その人は、衛生的条件に適うものばかり吟味して食べて、年中胃の弱いのに悩んでいるのですから。
 私もその一人でありました。十五六年という長い間、胃腸を患ってとうとう死の宣告同様の注意まで受けたのですが、今から五年前、食物に恐怖をもってはならない、喜んで食べれば一切の物が悉く栄養化するという真理を知ってその通り実行すると、完全に健康を取り戻して、回生の歓びに浸ることができました。爾来今日まで一度も病気をしたことなく、元気で若い人たちと一緒に働いて居ります。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

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