第15章 上下(しょうか)、己れを捧げて働く
1 機械力よりは人間力
東京上野に近い田端駅に、可なり前のことですが、福富という駅長がいました。今でもその方面の人達の話題にされる程立派な心掛けの人で、一日に百五十以上もあった大変な事故を、ただの一度も起らなくしてしまったというのであります。
これは尋常の話でない、きっと教えられるものがあるに相違ないと考えた私は、たまたま用事があって同駅近くにいった時、立ちよって駅の内外の模様を見ると、第一に目についたのは、駅員たちの挙動が沈着で、その癖誰一人ぼんやりしている者がなく、お互に助け合おうとする兄弟のような親しさが溢れた光景でありました。
成程と思って感心していると、その時、汽車が入って来て、箱から一人の小さい子供が下りようとしました、いかにも危なッかしく見えた瞬間、つと走り寄って、いきなりその子供を大事そうに抱きおろした高級駅員がありました。今でもその印象は深く私の目に刻みつけられて居りますが、それが駅長福富氏でありました。
福富氏がはじめ田端駅に来られた頃、ハンプという荷車分解法が設けられてあって、能率の上る代りに、故障が続出して危険が非常に多かったのです。福富氏は、それを深く考えた末、
「器械力をたよりすぎたところに原因があるのだから、人力の限りを尽すより仕方がない。」という決心をしたのでありました。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。