第16章 与えられた処を喜ぶ
1 南洋から戻って来た青年
一昨年の夏、南洋の視察から帰って来た知人のK氏は、一人の青年を伴(つ)れていました。それは半歳ばかり前に、南洋開拓の先鋒になるんだと、えらい勢いで出掛けて行った男なので、どうして帰ったのかと聞きますと、脚気にかかって非常に苦しんだからだというのです。で、私は、
「折角行ったのに、なぜもっと頑張れなかったかな。」
と残念がりますと、
「とても我慢ができませんでした。美しい椰子の林の下で南国情緒だと喜んだのは、行った当座だけで、暑さはひどいし、生活ぶりはまるで違うし、だんだん苦しくなると日本が堪らなく恋しくて、仕事も何も手につきません。そのうちにひどい脚気にかかったので、Kさんに連れて帰って貰ったんですが、船が台湾あたりに来ると、脚気は嘘のようにけろりと癒(なお)ってしまいました。」
そして、南洋には脚気になやんで、故国への帰心矢の如き人がずいぶん多いというのです。南へ伸びようとする日本将来のために、困ったことだと思いました。
どうして、そんなに脚気にかかるのでしょうか――?
「病気」の原因は明かにされても、「人間」がなぜ「病人」になるかについては、まだ研究の手が十分伸びていません。しかし精神が肉体を左右することは、一般に認められて来ました。私は幾多の実例から推して、その与えられた処を喜ばない――即ち南洋に行って、南洋を喜んで働こうとしない、そういう了簡見を持つ人の中に脚気患者を多く見出すのであります。
理屈は後回しにして、まず事実を見て下さい。手近なところでは、東京遊学の学生が大抱負を提(ひっさ)げて来たものの、下宿屋の乱雑や市中の喧騒などに悩まされて東京に幻滅を感じ、故郷の空なつかしく頻りに感傷気分になると、脚気の症状が出てくるのです。転任になった官吏や会社員などが、今迄いた処に心を牽かれ、新任地で喜んで働こうとしないと、脚気に犯される場合がこれ亦実に多いのであります。
刑務所の囚人の中で、贖罪のために甘んじて刑に服するという気持ちがなく、ただただ自分の境遇を呪い、刑を課した裁判官を憎んだりする人は、大抵脚気に罹るということです。これは又聞きですが、勿論事実であろうと思います。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。