第16章 与えられた処を喜ぶ
3 職業少年の危険期
今まで述べたことは、主として甲から乙へ移るといった場合についてですが、必ずしもそうと限ることなく、与えられた職業を喜んで懸命に努力することが亦実に大事であります。それには少年の頃から精神的に訓練して置くべきものですが、実際を見ると、職業戦線に出ている少年などは、早くから転業また転業という状態であります。
少年が職業にありついてから三ヶ月目は、転業の危険期だそうです。家庭にいた時に比べると、どんな勤めでも辛く感じるので、一月二月とすぎて三月頃になるともっと楽なところをと自分で探し求めるのもあれば、それを我慢してやっと職業が身につきかかった時に、親たちは、何処そこの方が日給は五銭高いとか、仕着せが多いとか聞き込み、子供をそそのかして転業させる場合も多いのだそうです。
そういう事情のため、五年以上同じ職業で辛抱する少年は、全体の約四割ぐらい、商店だけの離職率は全体の八割に及んでいます。これが習慣づけられて、あちらこちらの会社商店の流れ者となったら、最後には本当のルンペンに堕ちて行くより外はありますまい。
桃栗三年、柿八年で、根気よく同じところに我慢して居れば、花も咲き実も生るのですが、とかく人のやっていることは好く見え、それを羨ましく思います。魚を釣る人の話を聞くと、多少の例外はあるが、一ヶ所にじっと辛抱しているのが一番よいそうであります。自分がまだ釣れないうちに、向うの人が釣ると、「あそこがよい」と慌ててその傍に行き、又、他の処で釣った人を見ると、「そこに限る」と、直ぐ出掛けて行く。こんな風に人を羨んでばかりいては、結局何の得るところなくして終るそうです。
だから成功の道は「運、鈍、根気」にあるので、根気つよく粘り気がなければならぬと昔から言っていますが、それと共に、移るべき時は移り、変るべき処は変ることは勿論であります。ただ一つ処に粘る時でも、他に動く時でも、太陽の如く明るく朗かで、仮りにもじめじめした気持ちなど絶対に出さず、常に緊張していなければなりません。邦人は西洋人に較べてとかく快活さを欠きますが、そこから心身を蝕む病魔が入り込んで来るのであります。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。