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『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)17_03

第17章 職業に信念を持て

   3 売れる店と売れない店

 私の知っている男が小間物屋をはじめましたが、何時やって来ても浮かぬ顔をしているので、店の様子が気にかかり、或るとき尋ねて行って見ますと、客としきりに話をしていましたが、その客の帰ったあとで言うには、
「今の男は古本屋ですが、あれはいい商売ですな。小間物屋は品物が残りがちで、沢山ローズが出るので困りますが、古本屋は市場があって、自分の店で売れないと見れば、すぐそこへ持って行って、仲間のものに買って貰います。それで資本は固定せずに済みますから、うまいものです。」
 しみじみ羨ましそうな顔をするので、私は言って聞かせました。
「君のような事を言っていたら、日本じゅう古本屋ばかりになって、小間物屋は一軒もなくなるだろう。ところが、小間物屋で相当立派にやっている店が非常に多いのは、小間物屋という商売は決して悲観すべきものでないことを証明しているわけだ。
 自分の商売に信念を失って外の商売を羨むくらい愚かなことはあるまい。それも十分やってやりぬいて其れでいけないというなら兎に角、漸く始めたばかりなのに、今日蒔いた種がまだ生えないと言って土を掘りかえすようなことをしても仕方がないではないか。
 あんな男と役にも立たない話をしている暇があったら、繁昌している小間物屋を見て回り、その長所を参考して店のやり方を改良するがよい。客足が薄いのは、まだまだまことが足りないのだと、自分を省みて一層お客大事に、商売をはげむんだね――」
 こんな風なことを話して、それから序(ついで)がある毎に立ちよって励ましてやりましたが、この頃では商売がやっと軌道に乗ってきて、店が繁昌しだしました。

 同商売の店が二軒ならんでいて、店の大きさ、品物の飾り方など、表から見ては殆ど同じことなのに、一軒はよく繁昌し、一軒はまるで客足がつかないという話を聞くことがあります。それにはいろいろの原因がありましょうが、繁昌している方の店主は、朗かで元気で、商売を楽しんでやっているのに、客足のつかない方は、憂鬱で、取越し苦労ばかりして、自分の商売に信念を持っていないに相違ありません。
 私たちの心は犬や猫にさえ響いて行きます。まして人と感応しあい反映しあうのは当然でありますから、憂鬱で気六(きむず)かしい店主の心は、折角入ろうとする客の気持ちまで暗くして、その足を隣りの明るい店の方へ向けさせることになります。それでは店の前に不平とか悲観とか愚痴とか様々の杭をずらりと並べ、縄張りまでして、客を入れないようにしているのと同じです。
 店が繫昌するかしないかは、結局、職業に信念を有つか有たぬかの問題になるのであります。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

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