第18章 噓から出た誠の話(親孝行の真似)
2 親の脚を洗った話
この間、ある青年が先輩の紹介状をもって訪ねて来て、就職の周旋をしてくれというのです――こういって私の知人は次のような話を聞かせました。
そこでその青年の身元しらべを始めたところ、一人息子で、親は郷里にいるといふのです。それなら両親と一緒にくらしたら何うかと聞きますと、
「なにぶん年をとっていて思想が旧いもんですから、一緒の生活など到底できそうもありません。」
という答えです。少しばかりの学問を鼻にかけて、こんな気障なことを言うようでは会社勤めをしたところでうまく行く筈はありません。そこで私はその不心得を諭して、人間は孝行をしなければならないものだと云いますと、孝の原理はどうで、子に何故そんな義務があるのかと訊ねるのです。こんな調子の男と理屈を言い合っても始まらないとおもい、
「先輩の紹介だから就職のお世話をして上げたいと思うが、それには条件がある。国に行ったら、お父さんが畑から帰った時、足を洗ってあげる。それを一週間つづけるのだ。」
その青年は、近々用事があって国へ帰り、半月ばかり滞在するというので、そう言ったのです。青年は、何という馬鹿馬鹿しいことだと思ったが、就職の条件とあっては仕方がなく渋々承知しました。
さて、国へ帰ったその翌日、父が鍬をかついで野良から帰って来ると、盥に水を汲んでその足を洗いだしました。父は呆気にとられて、ただ不思議そうに見ているのであります。
こうして二日三日を過ぎ、やがて五日目に、一体おやじは高等の教育の受けた息子に汚れた脚を洗わせて、どんな気持ちがしているだろうと、ふと首をあげました。
見ると、父の顔じゅうが涙に濡れ、頬に伝わって流れているのです。それは実に歓びに湧きあがる涙、親としての満ち足りた涙でありました。
それを見た刹那、息子の目からも涙は迸(ほとばし)りでました。最早孝行の原理もない、子の義務はどうのという理屈もない。只親の心が嬉しくて流れた涙でありました。親のまことに打たれて、眠っていた子の純な魂が呼び醒まされたのであります。
約束の一週間どころでなく、半月余りの滞在中、父の辞退するをきかずに足を洗い通したのですが、上京した時は、全く生れかわったような素直な、温良な好青年になっていました。これなら大丈夫と折紙をつけて、某会社に入社さしてやりました――というのであります。
噓から出た誠の、これは何という有難い話でありましょう。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。