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『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)18_03

第18章 噓から出た誠の話(親孝行の真似)

   3 まず真似から入る

 私は若い人に向って、親孝行の話をすると、きまって、僕たちは、まだそんな気になれないと言います。それでは形だけでも結構、親孝行の真似をして見ることだというと、だって内容の伴わない孝行の真似なぞは、偽善の甚だしいものでしょうと反撥します。
 そこで私はこんな話をします。――これは幼い人たちさえよく知っていることですが、「真似から」という話になると、逸する訳には行かないのであります。

 昔、領主が隣り村をお通りになると聞き、足腰立たない父親を背負(しょ)って、村はずれまで行って行列を拝ませた孝行息子のことが、領主の耳に入って褒美を下されました。
 それを聞いた、村で評判の不良息子が、丈夫な父親を無理に背負って、帰りの行列を待ちうけていると、領主はそれにも褒美をやろうとされます。近侍の人たちは、あれはかくかくの者だからと止めましたところ、領主は、
「親孝行は、真似でも結構じゃ。褒美を遣わすがよい。」
と言われました。
 それからというもの、その村で孝行の真似がはやりだし、表面(うわべ)だけでも親を大事にと勤めているうちに、本当の孝行息子があちらにも、こちらにも現われ、近郷近在に類(たぐい)のない模範村になったということであります。

 話はこれだけですが、親孝行は真似でも結構だとは、金石に刻みつけて置きたいほどの言葉ではありませんか。これは前の父の脚を洗った話の裏書をするものであって、いよいよ嘘から出る誠の面白さ、有りがたさがふかく感じさせられます。
 世の中の大抵のものは、真似から入って行って段々奥へ進むことは、習字を例にして見ても分りましょう。はじめはお手本を睨みながら、一点一画、ただその通りに書こうとするだけの努力ですが、その努力が重なっているうち、次第にその人の個性があらわれ、自分独得の文字が出来あがるのです。どんな書道の大家でも、この径路を踏まぬ人はひとりもありません。
 だから私は、善事は須く真似をせよと言い、孝行はまず形から入って行けという所以であります。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

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