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『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)19_04

第19章 子供の生活を理解せよ

   4 金の鳥居と子供の約束

 ある百姓が村端(はず)れのお稲荷さんに祈願をこめながら、
「お稲荷さん、この願いを叶えてくだされば、金(きん)の鳥居を寄進します。」
と云いました。傍にいた女房が驚いて、水呑み百姓のくせに何をいうのだと窘(たし)なめますと、百姓は、
「金の鳥居を上げると騙して、願いだけ聞いて貰ったら、あとはどうなってもいいじゃないか。」と言ったというのです。
 これは、噴飯に値する話でありますが、世間の親たちは、子供に対してこういう出鱈目をやってはいないでしょうか。
「よく勉強するんだよ、成績が優等だったらデパートで一番上等の汽車を買ってやるからな。」
 こんな約束をしながら、いざという場合になると、何とかかとか言ってごまかすのでは、前の百姓と何の違いもありますまい。而もこういう例は挙げ切れないほど多かろうと思います。
 人が一たび口に出した言葉は、天地神明に宣誓したも同様であります。だから、嘘をいいい、約束を破ることは、大きな悪徳と言わなければなりません。私の知人で、どんなことでも子供に約束した以上、必ず実行する人がありますが、昨年の春、子供をつれて大阪へ行きました。その人にとって非常に忙しい時なのに、どうしたのかと帰って来てから聞くと、学校の試験休みに大阪と名古屋の動物園を見せる約束をしたのを忘れていると、子供はちゃんと覚えていて、試験が済むや否やサア行こうとせがまれ、困ったとは思ったが、約束を破ってはならぬと直ぐ連れて行ったのだというのです。これでこそ本当の親だと、私は心から感じたのでした。
 どんな人でも、自分の子は正しくあれ、嘘をつくようなものになってくれるなと念願しています。その親が平気で子供に嘘をつき約束を破っては、子供の心に見す見す不純な種を植えつけて、大きくなると、お稲荷さんをだます百姓となり、いかさまな仕事で世間を誤魔化す人間になるに決っています。
 右は一つの例でありますが、親のなすこと、云うことは、悉く子供に影響を及ばさずにはいません(特に十二三歳まで)。だから、子は親の心を写す鏡であり、親の心の脚本をそのまま上演して見せるものだとまで言われています。
 例えば、兄弟仲のひどく悪い子供を、叱る前に反省して見たら、自分たち夫婦は喧嘩ばかりしていることに気がつき、なるほど子は親の鏡だと合点されましょう。
 子供が、女だと思って馬鹿にして云うことを聞かないと愚痴を洩らす婦人があります。私はその婦人に、あなたは夫に楯つく強情な妻ではありませんか、お子さんはあなたの真似をしているのではないでしょうかと聞いて見たくなります。
 子供が見え坊で困ると眉を顰めて心配している親は、自分たちの虚栄心の強いことに気がつかなければなりません。
 子供に食べ物の好き嫌いがあるなら、両親はきっと偏食して居ります。それなら先ず親から改めることです。
 赤い思想にかぶれる少年は、殆ど例外のないまでに、両親の不和な冷たい家庭から出るそうであります。
 こうして列(なら)べてくると、結局よい子が欲しいなら、よい親でなければならないのであります。それは、子は親の心の鏡であるから――。そうとしたら、自分を棚にあげて只子供のみ求め、子供をのみ責めたところで何うにもならない筈です。
 真夏の砂浜で、子蟹たちは、まっすぐに前の方へ出る歩き方を練習していますが、幾度やり直しても駄目です。すると自分の穴から出て来た親蟹は、
「お前たちは何という不器用なことだ。前に歩くにはこうするのだから、よく覚えて置け。」
と言って威張って這いだしましたが、同じように横へ、横へと行くのでした。
 お互にこういう子供の育て方をしてはならないことを、しっかり認識しなければなりません。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

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