スポンサーリンク

『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)20_01

第20章 国家と運命を共にする

   1 日本海海戦当時の一挿話

 明治三十八年の五月、露西亜のバルチック艦隊が日本に迫って来た時であります。東郷大将の名高い信号のとおり、まことに「皇国の興廃此の一戦」に決せられるので、国を挙げて憂慮したのは勿論であります。
 そのとき、東京兜町の或る大きな株式仲買店では、店主が店員を集めて、この際、株は売るべきか、買うべきかという意見を徴したのであります。店員の殆ど全部はわが軍の勝利覚束ないという悲観から、「売る」方に一致しましたが、中にただ一人、敢然として「買い」を主張した店員がありました。
「なるほど、日本が負けた場合、株を売っていた方が儲かります。しかし、日本が負けたというのに相場で儲けたところで何になりましょう。国家あっての店ではありませんか。私は日本の海軍が必ず勝つものと確信して、断然買っていただきたいと思います。万一日本が負けた為めに相場で大損したら、国民としてただ諦めるだけです。」
 その店員は、こう言うのでした。
 この言葉につよく感激した主人は、膝を叩いて、「よしッ」と言いざま、全力を挙げて「買い」に向ったのであります。
 果然、真に果然であります。わが軍大捷、敵艦隊全滅の快報は、全国民を驚喜させ、株は大暴騰、この店主は一挙にして莫大の儲けをしたということでありました。
 これは単に儲けたからえらいというのではなく、店を挙げて、一身一家を挙げて国家と運命を共にするという立派なその覚悟に私は打たれるのであります。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

Secured By miniOrange