第20章 国家と運命を共にする
3 法に遵う精神
輸入制限だとか、為替管理だとか、戦時に入ってから多くの法案や法令が発布されました。また統制という建前から様々のことが制限されて、仕事の上に生活の上に響くものが次第に増して来ます。これは真(しん)に由々しきことでありますが、しかし、我々は国民の一員である以上、何時いかなる時でも国家の定めるところの一切に服従して行くことは勿論、殊に国運を賭して戦っている非常時には、法に遵う精神は一層大事でなければなりません。
これについて有りがたい話をここに述べさせて貰います。
畏れながら、今上陛下が東宮にあらせられた大正十年の春、御渡欧あそばされました。
御召艦香取が航海中のこと、御用掛として、御側ちかく御仕え申す山本信次郎氏(海軍中将)が殿下に対し奉って、
「殿下には、どうしてお煙草をお召上りにならないので御座いますか。」
と御尋ね申しました。殿下は御微笑あらせられ、
「山本は、予が丁年に達せぬことを知らぬのだな。」
と、物やさしく仰せられたと洩れ承わります。
この時、山本御用掛のどんなに恐懼したかは、想像に余りあることでこれを拝承して感涙を催さぬ日本人は、唯の一人もあるまいと思います。
国法のさだめを受け給わぬ御身にましまし、殊には航海中の御つれづれの折柄でも、なお臣下の者と同じように、国家の法律を厳守遊ばされるのであります。
かかる大御心を拝承いたしますと、吾々国民たるものは、どんな法案でも法令でも喜んでこれを守り、これを実践せずには措かぬという心が起ってまいります。
それにつけて特に言いたいことは、租税であります。事変勃発後、間もなく増税したのですが、戦争が長びいた場合、またまた増税となるものと思わなければなりません。事業の上にも生活の上にも、これは大きな苦痛でありますが、国家の大非常時、謂ゆる遵法の精神を発揮するはこの時とばかり、喜び競うて納める美風を、全国民の上に観たいと思うのであります。
事変以来、陸海軍省に、或は新聞社を通じて、国民は争うて献金し、多くの美談が新聞の上に謳われました。しかしながら納税も立派な献金であります。ここにも人を感動させる美談が出なければならないのですが、従来とかく税務の役人と納める人はまるで仇同士のように啀(いが)み合い、納税には苦情がつきものの観がありますので、それはどうかと思っていましたところ、東京税務監督局の河沼事務官によって多くの納税佳話が紹介されたのは、愉快なことでありました。
その中の一つに、東京品川区大井倉田町のS・M氏(下宿業)は、税務署の割りつけた税金が不服で抗議を申出ましたところ、時局がだんだん重大化したので、翻然悟るところあり、次のような手紙をおくって、それを快く取消したのであります。
(前略)子供達でさえ一銭二銭のお小遣を貯えて国防献金を致します。実に私は良心に恥じました。そして少しでも君国の為に御奉公が出来得ればと存じまして、本年度の査定によって納税させて戴きます。
いずれの道を選ぶも御奉公に変りはありません。口にはやれ慰問それ献金と申しましても、仲々十分なことは出来兼ねます。ただ課せられた税金を出来ないながらも納めさせて戴くのが正しい御奉公の道と存じます。
当然過ぎる程当然な事ですが、やっと気が付きました――何卒御了承下さいますようお願い致します。
何という強いまことでありましょう。百の訓話よりも、一通のこの手紙には深く教えられるものがある筈です。
戦場の兵士は「血税」たる兵役の義務に遵って一命を抛(なげう)つことを本分とする時、銃後の国民が納税の義務に服することは当然すぎるほど当然でありますが、単に納税ばかりでなく、国家が定め、国法が命ずるところの一切を喜んで受けなければなりません。そして、小異を捨てて大同に就くは、この際の最緊要事であり、国民みな、よきも悪しきも国家と運命を共にするの大覚悟をしっかりと握る時、自から国難突破の道が拓けて行くのであります。
――向上の道 了――
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。