第4章 人はなぜ貧乏するか(下)
1 福運伝授の看板――夫婦の和合
人はなぜ貧乏するか、どうすれば貧乏の世界から抜け出て幸福を摑めるか――。これについて私は、まず貧乏を少しも苦にしてはならぬと云いました。
さて、その次に、どんな心構えであればよいか。
これを述べようとして憶(おも)いだしたことは、ある道話のなかの話であります。それは福運伝授という題目で、貧へ歩むか、福へ進むか。道の岐(わか)れ目に立って思い惑う人のために面白く説いたものであります。私はこれを仮りて、私の貧乏物語を進めてゆこうと思います。
その話というのは――、昔、ある壮年の男が、町を歩いていると、「貧乏を富貴となす秘法伝授」という看板を見つけました。これは有りがたいと早速飛び込み、規定の料金を払って伝授を乞うたところ、白髪長髯の翁が現れて、
「これから、七日の間、身も心も浄めて来るがよい。その上で、秘法の伝授をいたそう。」と申しわたしました。
その男、家に帰って七日の間よくよく慎み、八日目に行って見ると、絵にも見られないような美しい婦人がでてきて、奥まった室(へや)に通し、主の翁は留守になればゆっくりなされよと酒肴を出して、愛嬌たっぷりのもてなしに、妻のことも家のことも忘れはて、うつつを抜かして心が乱れかかった時、かの白髯翁現はれて、
「これは何という様だ、酒色に溺れて家も妻も忘れるような者が、福運を授かりたいなどとは片腹痛い。早々立ち帰り、更に七日の間心を浄めて来い。」
と叱られたので、かの男は夢の覚めたような心地し、驚き恐れて自分の家に帰りました。
この第一条こそ貧より福へ転ずる最も大事な道であります。
夫婦は完全に和合して初めて一切の事が花を咲かし、実を結ぶものであります。私の夫とたのむは天上天下、この人ただ一人と歓(よろこ)び敬い、自分の妻というは、世界幾億の婦人の中でこの一人と、愛しいつくしみ、どちらも他の異性に心を惹かれるようなことがあってはなりませんし、又、互いに牙をむいていがみあうような真似など、絶対にしてはならないのであります。
皆さんは、前回の米谷氏夫妻が荷車を挽いて行く挿絵を御覧になりましたでしょう。梶棒を握っているのは夫、後を押すのは妻、夫婦心を一つにして、同じ足どり、同じ調子で、一生懸命に車を進めて行くさまは、涙ぐましいほどの感激を起させます。あれはパンの箱を積んで行くのですが、「家庭」や「仕事」などの一切を車に乗せ、人生の山坂を越えて行くのは、夫婦二人の力であります。
と言って妻は、夫の仕事に携わって行けというのではありません。夫は絵をかくからといって、妻も絵を習って手伝いをする必要などはなく、夫は妻を心から愛し、妻は夫の心を心として少しも反(そむ)くことなく、夫婦が完全に結合していると、絵を描く夫の筆の力は、二倍も三倍も加わって来る――これをいうのであります。商売などは、夫婦ほんとうに心が合わなければ、断じて繁昌するものでないことは、論より証拠で、実例はいくらでも挙げられます。一切のことを唯物的にのみ解釈しようとする人には、この間の霊妙な、深い味わいは分りかねると思いますが、これは疑う余地のないことであります。
夫婦とはこういうものであるのに、折角福運を摑もうとして行って、美人の媚笑にうつつをぬかしてしまうなどは、呆れる外ありません。しかし世間には、これに類した話が決して少くはあるまいと思います。だから、人はなぜ貧乏するか? という問に対する私の答の一つは、夫婦が完全に一致していないところに、大きな原因があると言わなければなりません。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。