第5章 最後の最後まで頑張れ
2 喜び過ぎてはならぬ
具体的に二三の例をあげますが、まずその第一はお産のことです。
産後の肥立ちが悪いため、苦しみ悩まれる人が少くありませんが、それは最後まで頑張りつづけないからであります。体がすっかり妊娠前の状態に復(かえ)って、はじめて分娩という仕事は終ったことになるのです。それを赤ン坊が出ると、やれやれよかったとすっかり安心して、長い間の緊張を、一ぺんにゆるめてしまうため、体の調子が狂って、いろいろの故障が起るのであります。赤ン坊が出たからとて油断をしてならないのは、あの梯子乗りが、芸を終った後の緊張が大事なのと同じことであります。
病気もその通りです。とても駄目だろうと思われた重態の患者が、ぐんぐんよい方に向い、起きて歩き出されるようになると、当人の喜びは大へんな上に、家族も有頂天になって騒ぎだします。すると、俄かに又元の重態に戻って、到頭いけなくなってしまう例は、実に多いのであります。
世間では、これを「仲直り」といい、蝋燭の灯(ひ)がいよいよ消えようとするとき、パッと明るくなると同じことで、結局は駄目に決って居るといっています。が、これは大抵の場合、快(よ)い方に向ったという喜びに酔うため、緊張が消し飛んでしまったからであります。
人は、朗かでなければならないのですが、しかし喜び過ぎることは、ふかく戒めなければなりません。喜んで悪いわけはないのですが、その度を過ごしては、心の緊張を欠いて禍を招くのであります。元来、どんな事でも必ず「原因」があって現われる「結果」であります。喜ぶことも、やはりそれだけの原因がちゃんとあって、決して偶然に湧きでたものではないのですから、何も羽目をはずして騒ぐには及ばない筈であります。
子供を御覧なさい。菓子や玩具(おもちゃ)を貰ってニコニコしても、ほんの一時であって、直ぐ外の事に気持が向います。子供は決して喜び過ぎません。私たちは、あれに倣いたいものだとおもいます。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。