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『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)6_03

第6章 世の一切は心の鏡――人を導き人と調和するには

   3 「社風」というもの

 私は、私の社の人たちに向って、正月の仕事はじめとか暮れの仕事じまいとかに挨拶をする外、四角ばった訓辞など、何か重大な事件でもない限り、殆どやったことがありません。それは口先きの言葉だけで人は動くものでないことを、あまりによく知っているからであります。
 では何うするかと云うと、私一人が精一杯働く――、ただそれだけであります。もちろん、こうすれば社員を働かせることができるという算盤玉(そろばんだま)を弾いてやっているのではなく、私は、仕事そのものに尊い意義を感じ、それに没頭することが愉快であるだけであります。
 ところが、私の社の人たちは、みな私の通りに働きます。この社は自分の社であるという自覚の下に、めいめいの受持っている仕事を、自分自身の仕事であるという信念で、とても熱心に働いてくれます。たまに雇人根性の人が入って来ても、いつの間にかみんなに同化されてしまうという有様です。
 元気で緊張して働く――、私の社の「社風」はこの言葉につきます。これは、かくかくせよと号令したのではなく、くどくどしく訓辞をしたのでもなく、いつの間にか、水の低きに流れてゆくように、そうなって行ったのであります。
 だから、結論として、人の上に立つには、リードして行く力――即ち人を自分の心のままに動かしてゆく力が大事でありますが、しかしただ自分の都合からのみ打算してはならない。誰よりも緊張し、誰よりも真剣になり、誰よりもよく働く。この精神があって、そしてよく実行すれば、人はいやでもおうでも、付いて来ずにはいられないのであります。

 博多の仙崖といえば、近世の傑僧として天下に知られ、その書も絵も群を抜いているので、今に珍重されて居ります。
 この仙崖が、ある時、弟子の坊さんたちがいつの間にか悪風に染み、毎晩、寺の塀を乗り越えて遊里に行き、夜の明け方にかえるということを耳にしました。
 その弟子たちがある晩、いつものように遊びに出掛けて、未明にかえり、寺の塀を外から内へ越そうとすると、足はいつもの木の踏み台とはちがって人間の背であことに気がつきました。驚いて前へ回って見ますと、豈(あに)計らんや、それは師の仙崖和尚だったのであります。
 これが世間普通の師匠ならば、良くないものは破門するとか、或は諄々と道を説いて戒めるとかするのでありましょうが、仙崖和尚は、弟子たちの道に背いた相(すがた)は、すべて至らぬ自分の鏡であるとせられ、その責(せめ)を自らに負われたのであります。果して一山粛然として、その風儀を改めたと申します。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

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