第7章 あらゆる物から教えられる
1 部長のカナリヤ買い
ある大会社の社長が、その会社の部長という地位にある人と、社長室で話していましたが、丁度話の終った頃、社長あての郵便物を持って小使(こづかい)がはいって来ました。
社長は、
「デパートへ行ってカナリヤの番いを買って来てもらいたい。」
と命じ、料金はこれこれ、鳥はこんなのをと、細かに言い添えました。
それから一時間ばかりすると、先の部長が社長室へ現われ、
「これで如何(いかが)でしょう。」
と、小鳥の這入っている籠を出しました。それを見た社長は、
「これはなかなかいいのを買って来た。あの小使にしては目端が利いている。」
と上機嫌です。すると部長は、
「イヤ、それを買って来たのは私でございます。」
というや、社長はひどく意外の面持ちで言いました、
「ナニ、君が買って来たって? これは驚いた。わしは小使に申しつけたのだが。」
社長としては、会社の重職にあって多くの部下を使っている男が、デパートへノコノコ出かけて行って小鳥を買い、籠を提げて平然として帰って来るとは、どうしても常識では考えられないことでした。
「君はこの会社の部長だね。その人に対し、社長が小鳥を買いにやらせるものか、どうか。考えるまでもないことだとおもうが……。」
「小使にお言いつけになったのを、私のことだと早合点して申訳もありません。」
「謝らなくともよいが、使いの性質を考えたら、誰に命令したものか分りそうなものだね。」
「私は社長さんの御命令である以上、その内容を吟味する必要はないと思っています。会社の大事な調査をすることと、デパートに小鳥を買いに行くことと、どちらが軽いか重いか、それは私共が考うべきことではございません。社員は社長さんの手足でありますから、ただ御命令に背かないように努力すればよいと思って居ります。」
これは、大勢の社員を使っているこの社長が始めて聞いた言葉でした。何という素直な男であろう。自分は、こんなにも善良な、忠実な社員のあることを今の今まで知らずにいた。この男は社の宝だ――こう思って、その買って来たカナリヤを見直すと、柔かな胸毛をふるわし、頭を左右に動かして調子をとりながら朗かに鳴く様は、たまらなく可愛いものでした。やはり誠実な人の買って来たものは違う――こう考えますと、いっそカナリヤは、この男に飼わせるのが一番よいように思えて来ました。
「よく分った。君の心持は実に有難い。では面倒ついでにこのカナリヤの飼い方を君に頼みたいのだが、どうだろう。」
「かしこまりました。」
「簡単に引受けてくれたが、経験があるのかね。」
「経験はございません。しかし私にお命じ下されば、屹度(きっと)御期待に副うよう努力いたします。」
これで、何々部長兼カナリヤ飼養主任ということになったのであります。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。