第8章 平生の用意と緊張
4 謂ゆる名人気質
私は以上のことを、『日の出』誌上で述べましたところ、ある読者から、
「一切を緊張せよということですが、世の中には名人気質(かたぎ)というのがあって、だらしのない生活をしながら、立派な仕事をやった人は少くないようです。あれはどう解釈したらよいでしょうか。」という質問を受けました。
なるほど、平生は、朝から酒を浴びてぐでんぐでんに酔ッぱらい、年中借金で、細君を泣かしておりながら、仕事にかかれば、素晴らしいことをやってのける人があります。それなら何も生活を緊張しなくてもよいように、一応はおもわれるかも知れませんが、しかしそういう名人気質の人たちが立派な仕事をやるのは、ほんの短い間だけであることを知らなければなりません。
名声がさかんに鳴り響いたかと思うと、間もなく消えて了って音がなくなる――、私は明治から大正にかけて、そういう幾人もの例を見ております。或る文士、或る画家など、一代の名流と言われた人たちが、忽ち躓いて社会から葬られ、或は忘れられてしまうのは、だらしのない生活が、その健康と気力を奪い、長く緊張した仕事を続けることができないようにならしめるのであります。
だから生活全部を緊張しなければ、到底立派な仕事をつづけることはできないという結論に、少しの狂いもないことになりましょう。台所の水道の水は、どんな時でも、一たび栓をひねれば、間、髪をいれぬ早さで元気よく迸(ほとばし)り出ます。それは、一日二十四時間の間、一秒だも油断することなく、栓のところまで詰めかけているからであります。
昔の武士は、夜、轡(くつわ)の音にも目をさましたと言います。平生緊張している人は、熟睡して居ってもコトリとした鼠の音に目をさまし、盗難を免れたという話をよく聞かされますが、火事や地震などのとき、慌てず騒がず、咄嗟の間に応急の処置のできるのも、そういう人たちであります。又、芝居や映画を見ていた時、或は夜中にふと目を覚ました時、仕事の上などに思いがけない素晴らしいことを気づいたりするのも、それは平生の緊張の賜(たまもの)であることは、田舎の古料理屋で舞台装置のヒントを得た菊五郎の話でも証明ができるのであります。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。