第9章 己れを誇り飾る心
2 「天を相手にせよ」
仕事は他人(ひと)のためにするのではなく、自己の本分を果すためにするものである以上、他人の思惑を考えたり、世間の人気に媚びたりするのは、愚かなことであります。世間がいくら誉めそやしても自分の「五」の値打が、「十」になるものではなく、どこまで行っても、正味の自分に何の変りはありません。然るに世間から好く見られたい、えらく思われたいとして、ひたすら自分を誇り、吹聴することは、何にもならないばかりでなく、そんな軽薄な心掛けでは到底立派な仕事のできよう筈はないのであります。
西郷南洲は、人を相手にせず、天を相手にせよと言いました、まさに処世の大道(だいどう)を喝破した言葉であります。
文化年間のこと、鎌倉の円覚寺で山門を修築するとき、江戸深川の材木問屋白木屋の主人は、百両の寄進を申出ましたところ、住職の誠拙和尚は、
「ああそうか。」
と、たった一口言っただけで、まるで他人事(ひとごと)のような顔をしています。そこで白木屋は和尚にむかい、
「世捨て人の和尚さまには金の値打は分りますまいが、百両といえば大金です。その大金の寄進に、ああそうかではあんまり曲(きょく)がなさすぎます。何とか御挨拶のしようもありましょうに。」
と、不足を述べますと、誠拙和尚は、
「お前さんが寄進をされると仏さんからたんまり功徳を貰い受けるのだ。他人がうまいことをしているのに、何もわしが礼をいう筋はあるまいがな。」
といって、大笑いしたというのであります。これは人を相手にせず天を相手にせよという言葉の註釈とも見るべき話であって、世の売名者、自慢屋に対する頂門の一針であります。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。