第12章 小事に油断するな
3 「二一天作の五」
どんな小さなことにも決して油断をしないという心構えは、ふだんから修練を積んで置かなければなりません。
江戸時代、野田文蔵という算数の大家がありました。時の将軍吉宗がそれを登用しようとして大岡忠相に試験をさせました。文蔵は召(めし)に応じて忠相の役宅に出頭すると、忠相は、
「御身は算術の名人と承はって尋ねるが……」といって言葉を改め、
「十を二で割ると、いくつになるか?」
という尋ねであります。いかにも人を馬鹿にしたようにも思われますが、文蔵は、極めて真面目な態度で、言葉も慇懃に、
「恐れ入りますが、算盤を拝借仕り度(た)い。」と申出(もうしい)で、渡された算盤を正(ただ)しく手に持って、その中央に十の玉を置き、左の端に二の玉を置いて、
「二一天作の五……十を二で割れば五となりまする。」と答えました。
さすがは名人の心掛けであると感服した忠相は、直ちに吉宗に推挙したので、文蔵は二百石で召し抱えられることになりました。
問う方も問う方なれば、答える方も答える方だと、つくづく感心させられます。どんな小問題も決してなおざりにせず、どこまでも慎重に、丁寧に、厳格に取扱うこの心構えであってはじめて幾億幾千万という数の込み入った事柄でも誤ることなく処理されます。一見子供だましのようなこの就職試験には、実に限りない味(あじわ)いがあり、又大きな教訓の潜んでいることを知らなければなりません。
大事というも、つまりは小事の積み重ったものであります。小事を忽(ゆるが)せにしない人にして、はじめて大事を完全に成し遂げることが出来るのだという例話に、私はよくこの算術問題を持ち出すのであります。しかし、石橋を叩いてわたるようなこの慎重ぶりも、場合によっては、石橋を馬で一気に飛ぶような早業に変らなければなりません。が、それも畢竟形の上のことであって、心の中の平静さはいつもと同じに、慌てず騒がず、緊張をもちつづけることが肝腎であります。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。