第13章 今日の事は今日為せよ
1 花の梅沢旅団の話
今日為すべきことは今日為せよ――明日に延ばしてはならぬ。
これは、一見何でもないことのようですが、本当は、強い実行力を有っている人が、終始一貫の緊張をつづけて始めてできるのであります。処世の要諦、ここにあると云ってもよいのですが、殊に戦争の場合など、勝利を占める上の大きな原因になることと思います。
今事変のわが軍の大勝利のなかに、これを証明する幾多の有り難い物語がありましょうが、今日は未だこれを自由に聞くことも語ることも許されません。で、私は日露戦争の時の一挿話をここに記すこととしますが、世に処する上の大きな教訓が、この中にあるのであります。
奉天大会戦の際、右翼の第一軍に属し、その先鋒として最前線に陣どったのが梅沢旅団であります。旅団長は梅沢少将、いつも見事な勝利を博するので、花の梅沢旅団という名前で評判されていました。
先鋒の誉(ほまれ)を担っているだけに、将兵の士気大いにあがり、ぐんぐん進んで行くうちに、いつしか後方との連絡が薄くなったのであります。すると軍の司令部から、日が暮れかかった頃に、
「後方との連絡が緊密を欠いている、かくかくの地点までさがれ。」
と云う命令が来ました。梅沢旅団長はこれは尤もだと肯(うなず)かれ、すぐ後退の準備にかかろうとすると、幕僚の人達は、
「もう時間が遅いので、これから後退することは大へん困難であります。或は軍を混乱させるほそれがあるかも知れませんから、明早朝にしてはいかがでございましょう。」
というのでした。然るに梅沢旅団長は、この幕僚一致の意見を言下に斥けて、
「わしは命令通り後退を実行する。」
と、断乎として言い切り、更に言葉をつづけて、
「戦争には匂いがある。こちらが斯ういうことを言いあってると、敵は必ずそれを嗅ぎつけるものだから、直ぐ実行しなければならぬ。もし躊躇しているととんでもないことが起るかも知れない。」
と説明して、早速後退にとりかかったのであります。
戦争には匂いがある! 果せるかな、翌朝はやく敵が大挙して攻めて来ました。が、日本軍は静まりかえって何の音もしないので、これは不思議だと斥候を放って見たところ、梅沢旅団はもうずっと退(さが)って他の部隊と堅く連絡していることがわかり、空しく引き返したのであります。
昔、賤ヶ嶽の戦いに、勝(かち)に誇って敵ちかく前進した佐久間玄蕃は、総大将の柴田勝家から後退せよという命令を受けたが、それに服しないで頑張っていると、秀吉のために一堪りもなくやッつけられました。然るに、梅沢旅団長は後退を勇敢に断行し、敵に乗ずる間隙(すき)を与えなかったのは、流石に名将といわれるだけの事があって、今日なすべきことを明日に延ばしてはならぬ絶好の例話であります。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。