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『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)15_03

第15章 上下(しょうか)、己れを捧げて働く

   3 月給に使われるな

 以上、主として上に立つ人の心構えについて述べましたが、この己れを捧げ、己れを空しくする態度は、使われる立場にある人、即ち会社、商店、銀行、官庁、その他に職業を有つ人たちにおいて、いよいよ大切なのであります。
 自分の命ぜられているだけの仕事をすれば、それでつとめは済むには違いないようなものの、それに甘んずる人は、決して大きくはならないのです。仕事をすることが、直ちにその会社なり、商店なりの全部の生命(いのち)にかかわるという意気込みでかからなければなりません。日本の兵士が、敵に向って弾丸を発(はな)つとき、この弾一つに日本の運命がかかっているという強い信念があればこそ戦いに勝てると同じ道理で、社員や店員が自分の仕事は社や店の一部分ではあるが、その一部分が全体を動かすのだと思って働くとき、その働きにいのちが吹き込まれ、その社なり店なりの発展を助けるような卓(すぐ)れた考えもおのずと出るものであります。
 こういう人こそ衆に擢(ぬき)んでて用いられ、その前途は輝くのですが、もしその反対に単に月給の手前働くというような考えより持たない人は運命は、まことに哀れなものであります。
 先日、三十年前に懇意だった友人と会い、食事をしながら、その尊い経験談を聞かされましたが、それは以上の話を裏書きするものでありました。
 その男は商業学校を出て、ある商店につとめて居りましたところ、その頃の金で三十五円の月給を貰って居ったのです。それも卒業後二度も転職した後だったそうですが、ある日、店の退(ひ)ける頃、主人から使いに行ってくれと言われ、
「店の退ける三十分ぐらいまえになって、遠いところへ使いに行けとは何事だ。雀の涙ほどの月給を呉れておきながら……」
と思って、渋り渋り出かけたそうです。用を済まして遅く郊外の道を家へかえる途中、偶然、商業学校時代に目をかけてもらった校長にあい、「君は今何をしているか」ときかれ、実はかくかくの始末と語ってから、
「まことに面目もありません、何しろ主人が、こういう風で、時間過ぎの今ごろまで使って、三十五円しか呉れませんので。」
と言いましたら、校長は温顔を曇らして、
「それは君、心掛けが違って居りはせんか。君は時間と金に囚われている。時間には限りがあるが、人間の働きには限りがない筈だ。自分で自分の仕事を時間で区切って置かずに、働けるだけ働きたまえ。君の働きのみが君を活かし、君を大きくするのだ。
 三十五円三十五円というが、そんな気持で使われているなら君のねうちは一代三十五円に決まったといってよいのだ。君は君の無限の力を小さく小さく限っているから、それ以上出ないのだ。使われていると思うから仕事が重荷になる。一つ奮発して店全体を背負(しょ)って立って見たまえ、夜おそくなったぐらいで腹が立つようなけちな心はなくなってしまうものだ。」
 これで校長は別れて行った。
 友は長らく立ちどまって、その後姿を拝んだ。よし! この恩師の戒めによって、おのれを捧げて働こう。人間は働くために生れて来たんだ。よしやるぞ! と、その日から生れ変って骨身惜まず働いたら、主人には喜ばれる、月給は上る。そのうち別に店を出して貰う、店のものと一つになって働けば店のものもよく働く。それでまァ今日あることが出来た、これも恩師のたまものだ……
と、友は涙ぐんで語りました。
 己れを空しくし、己れをささげて働く――、上も下もこの心で協力一致すれば、何事も成就せざるなしとは、旧(ふる)くして常に新たなる大真理であることを、私たちは肝に銘じていなければなりません。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

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