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『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)18_04

第18章 噓から出た誠の話(親孝行の真似)

   4 親と一つ心になる

 然らば、噓から出た誠――その誠の孝行とは、どういうものかと聞かれたら、親と一つの心になることだと、私は一言でいい切ります。
 I君は某専門学校の生徒ですが、ある修養団体に入ってふかく親の恩が分り、それまでの不孝の数々を申訳ないことに思い、せめて孝行の真似でもしようと決心したのであります。
 その手始めに、親の言うことは一切素直に守り、何でも親を喜ばすようにと、つとめました。そうしているうち、親の有りがたさが理屈でなく、実感として肺腑に沁み込んで来ました。すると、特に孝行をしようという意識が何時の間にかなくなって、親の心と一つに合体していることに気づいたそうであります。
 ある時、I君は世間話のなかに、何気なくこんなことを私に言いました。
「この間、学校へ出掛けるとき、今日は降りそうだから傘を持ってお出でと母が云うんです。とてもいい天気で、むろん傘など持って行くつもりはなかったのですが、母にそう言われると、天気がひどく悪くなって、今にも降りだしそうな気がするので、慌てて傘をもちだして行ったのです。」
 私はこれを聞いて、孝道の極致はここだと、心の中で嘆称せずにいられませんでした。I君は、楽しみも苦しみも痛さも痒さも、悉く親と一緒に感じ、一緒にひびき合うようになったのであります。
 I君は今、級中随一の人物として、将来を期待されています。卒業後、もし会社へ入ったとすれば、己れを空しゅうして親と一つ心になる――その心を以て、会社のために自分の全部を捧げて働く社員となり、会社の輿望を担うようになりましょうし、どんな方面に向っても、つよい人格の光りは、すべての人を牽きつけずにはいないでしょう。
 私は、前に成功者は悉く親孝行であると言った意味は、これで肯いてもらえると思います。しかし、成功の為めの孝行などであっては勿論なりません。孝はわが国民道徳の根源であり、人間として何うでもこうでも践(ふ)行かねばならぬ大道なればこそ、かくは言うのであります。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

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