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『向上の道―生きる力 第二編』佐藤義亮(新潮社)5_04

第5章 最後の最後まで頑張れ

   4 奉天役最後の頑張り

 日露戦争は、海では日本海、陸では奉天、これが最後の運命を決したものでありますが、わけても奉天の役は非常な難戦で、いよいよ総攻撃となった時、弾丸(たま)が乏しく兵はつづかず、とうとう敵を抑えきれなくなって、各方面の司令官は後退の已(や)むなきを主張し、総司令部の参謀も悉く同意したのであります。
 然るに総司令官大山元帥は、真に大山の巍々として動かざる如く、一歩でも退(しりぞ)いてはいけない、日本軍人の流した尊い血を、一滴たりとも敵に踏ませてはならぬと、断乎として命令されたのであります。

児玉大将 閣下、戦況は最極度に不利であります。
松川参謀 この上に前進を続けることは全滅です、全滅です。
大山元帥 いけません。前進です。大山は生きている限り前進します。
児玉大将 閣下ッ、全滅です。
大山元帥 いけません。児玉さん、わたしたちも、わたしを始め参謀一人残らず死のうではありませんか。
児玉大将 (電気に打たれたる如く豁然とし)はっ、閣下、分りました。私どもも元帥閣下と一緒に死なして下さい。
田中参謀 みんな死ぬんだ。死ぬんだ。(と急ぎ下手に入る。)
大山元帥 全軍に命令を出して下さい。
児玉大将 はい。
大山元帥 満洲軍総司令官大山巌は一挙に敵を殲滅するの目的を以て、直ちに渾河を渡り龍王廟を経て、奉天南門に向い前進す。各軍血戦力闘予に従うべし。(参謀等命令を書き取る。)
児玉大将 しかし、閣下、龍王廟までお進みなさっては危(あぶの)うございます。
大山元帥 いや、総司令官の決心です。同じ死ぬなら一歩でも敵に近く死にとうございます。(参謀等感激して走り、電話によりて各軍へ命令を伝達す。)
大山元帥 副官。
室戸副官 はい。(上手より登場。)
大山元帥 馬の用意を願います。
室戸副官 かしこまりました。(と上手へ入る。)
大山元帥 さあ、総司令官の旗を龍王廟北方高地に高く樹(た)てるのじゃ。

 これは『元帥大山巌』(吉田絃二郎作)の一節でありますが、まことに、凄風生じ鬼気寒しの感がありましょう。この際、もし一歩頑張りがつづかなかったら、わが軍は総崩れとなり、戦慄すべき事態となったに相違ありませんが、元帥の決意は死中に活をつかんで、大勝利に転ぜしめたのであります。何という偉大な、全日本の感謝に値する頑張りだったでしょう。
 が、これは国家の運命を賭する場合の話であって、私たちには縁が遠いことだなどと思ってはなりません。どんな仕事も結局は戦争と同じで、ちょっとでも頑張りが続かなかったら、後退しなければならなくなります。たとえば商人なら、店を拡張し、顧客(とくい)を殖やすことに全力を挙げる。それが幾分でも実現した時は、そこを死守して、どんな事情が湧いて来ても後退しないことは勿論、更にそこから一歩でも進み、一尺でも拡げようと努力しなければなりません。
 順調に行かなくとも悲観してはならないが、成功しても喜びに耽ることは大の禁物です。ただ緊張をつづけて、前進、前進――、この頑張りで、何処何処までも押し進んで行くのみであります。

出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)

※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。

※佐藤義亮の著作権は消滅している。

佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。

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