第19章 子供の生活を理解せよ
2 一切を抱擁する愛
大人には長い間の経験が積み重なって居りますが、子供は何の経験がなく、ただ思うままに動くのであります。大人の世界は「秩序」によって固められているのに反し、子供の世界は、まだ「秩序」というものができて居りません。だから、子供は自由奔放に、やりたいことをやり、言いたいことを言うのですが、子供はそうして伸びて行かれるのであります。
ところが、親は自分の持っている経験や知識から、子供の自由に、勝手にやることが気になってたまらず、威したり甘やかしたりして小さな型に箝(は)め込もうとし、それが思うようにならないと、今度は愚痴や小言のいい通しです。やがて、亭々として見あげるばかりの大木になれるものを、窮屈な鉢のなかで枝ぶりをひねくれさせるのは、残酷でもあり、又愚かなことでもあります。
だから親は、子供の天性を生かしてやるのが、たった一つのつとめであることを自覚しなければなりません。それには、子供の一切を抱擁してやるだけの愛を持って、子供の生活を深く理解することです。どんな場合でも、愉快な、親切な心を以て子供に接してやることです。
二三の例を挙げて、具体的に話を進めて行きましょう。
子供は風の子です。この寒空にどこをどう飛び回ったのか、顔から着物まで泥だらけにして帰って来たら、小言などいわずにその元気さや活発さを喜んでやることです。そして戦争ごっこの手柄話でも気を入れて聞いてやれば、子供は嬉しさに顔を輝かしましょう。その嬉しさが子供を一層素直にさせるのであります。
いくら朝早く勉強するように言っても、夜遅くでなければ机に向わない。困ったものだと愚痴をこぼす人がありますが、それは間違いです。世間には少しも勉強しない子供があるのに、夜だけでも勉強するのは感心なことだと思いかえしたら、不足心は消えてしまいましょう。親のこういう寛容な心は、やがて勉強にふかい興味を有つ子供に変らせるものであります。
兄弟喧嘩が嵩じて取ッ組みあいが始まると、こんなに乱暴では将来が気づかわれると母親が言うなら、父親は、
「そんなに心配するな、この頃は金をだしてまで拳闘に行くのに、家の中で無料で見られるから結構じゃないか。」
と笑いながら聞かせてやればよいのです。その選手たちも、十分か二十分経てば、もうけろりとして仲よく遊んでいましょう。
うちの子供は行儀がよくないので、人様の前でハラハラすると嘆(こぼ)している親がありますが、人を恐れず、内外の区別もなく思うことをズバズバと言ってのけ、やってのけるのが子供の本性であります。又、それでこそ元気よく群を抜くようにもなるのですから、子供の行儀のよくないことなどは、何の心配もいりません。
明治の文章家として鳴らした大町桂月氏の随筆の中に、雨の日鶏(にわとり)が座敷へあがると、八九歳の腕白な子供(氏の次男)が泥まみれの足駄を穿いたまま座敷へあがって鶏を追いまわす、それを桂月氏がにこにこしながら眺めているという条(くだり)を読み、何というほほえましい情景だろうと思いました。氏は一度も子供を叱ったことがなく、ただ慈愛をこめて導いてやるだけだったと聞きましたが、当年の腕白児、いま農学博士として学界に令名あるのも、成程と肯かれるものがあります。
以上のように言っても、子供を全然放任せよというのではなく、十分な関心を以て育ててゆくことは勿論、看過して置けないことがあったら、ってやるべきであります。ただそれは、絶対に感情的でなく、慈愛溢るる叱り方でなければなりません。感情的にると、子供はすぐひねくれて、その純真さを傷つけてしまいます。又叱った後は、叱り過ぎて可哀相なことをしたとか、あれではいじけはせぬかとか、そんなことは一切気にかけず、虚心坦懐でいるのが、本当の親の態度であります。
出典:『向上の道―生きる力 第二編』 佐藤義亮(1938・新潮社)
※原文は、旧字旧かな。新字新かなに改める。また、踊り字を正字にするなど一部表記を変える。
※佐藤義亮の著作権は消滅している。
佐藤義亮(さとう・よしすけ(ぎりょう))
明治11年(1878)-昭和26年(1951)
新潮社の創立者。