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東條英機宣誓供述書(抄)


 斯る情勢の下に組閣後二つの重要政策が決定されたのであります。その一つは一九四〇年(昭和十五年)七月二十六日閣議決定の「基本国策要綱」(法廷証第五四一号英文記録六二七一頁、及法廷証第一二九七号英文記録一一七一四頁)であります。
 その二は同年七月二十七日の「世界情勢の推移に伴う時局処理要綱」と題する連絡会議の決定(法廷証一三一〇号英文記録一一七九四頁)であります。私は陸軍大臣として共に之に関与しました。此等の国策の要点は要するに二つであります。即ちその一つは東亜安定のため速かに支那事変を解決するということ、その二つは米英の圧迫に対しては戦争を避けつゝも、あくまで我国の独立と自存を完うしようということであります。
 新内閣の第一の願望は東亜に於ける恒久の平和と高度の繁栄を招来せんことであり、その第二の国家的重責は適当且十分なる国防を整備し国家の独立と安全を確保することでありました。此等の国策は毫末も領土的野心、経済的独占に指向することなく、況んや世界の全部又は一部を統御し又は制覇するというが如きは夢想だもせざりし所でありました。
 私は新内閣の新閣僚として、これ等緊急問題は解決を要する最重大問題であって、私の明白なる任務は、力の限りを尽して之が達成に助力するに在りと考えました。私が予め侵略思想又は侵略計画を抱持して居ったというが如きは全く無稽の言であります。又私の知る限り閣僚中斯る念慮を有って居った者は一人もありませんでした。

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 右の如く三国同盟条約締結の経過に因て明かなる如く右同盟締結の目的は之に依て日本国の国際的地位を向上せしめ以て支那事変の解決に資し、併せて欧洲戦の東亜に波及することを防止せんとするにありました。
 三国同盟の議が進められたときから其の締結に至る迄之に依て世界を分割するとか、世界を制覇するとか云うことは夢にも考えられて居りませんでした。唯、「持てる国」の制覇に対抗し此の世界情勢に処して我国が生きて行く為の防衛的手段として此の同盟を考えました。大東亜の新秩序と云うのも之は関係国の共存共栄、自主独立の基礎の上に立つものでありまして、其後の我国と東亜各国との条約に於ても何れも領土及主権の尊重を規定して居ります。又、条約に言う指導的地位というのは先達者又は案内者又は「イニシアチーブ」を持つ者という意味でありまして、他国を隷属関係に置くと云う意味ではありません。之は近衛総理大臣始め私共閣僚等の持って居った解釈であります。

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 日本に於ては統帥部は其の責任上外交と離れて別に隣国に対する作戦計画を持つて居りました。然し乍ら統帥部に於ても政府に於ても共に戦争計画を持つて居りませぬ。
(イ) 之は日本独特の制度たる統帥独立の理論に基く政府と統帥機関の分立といふこと、
(ロ) 陸軍と海軍と画然と分れて居るといふこと、
(ハ) 並に陸軍と海軍とが将来戦に於ける作戦上の目標を異にして居るといふこと
から来て居ります。故にもし事実上の戦争計画の必要を認めるとするも之を作成することは不可能でありました。
 斯の如く事実上の戦争計画がなかつたのであるから戦争準備なるものはないのであります。況んや太平洋戦を目標とする恒久的戦争計画は夢想だもして居らなかつたのでした。
唯、支那事変の解決及び国際情勢の急変に対応するために国防国家又は高度国防国家の建設を標語として迅速に国内の戦時態勢を実現せんことを希望して居つた事実はあります。然し之は飽くまで時局の変転に対応する策であつて帝国の存立を確保するためであります。即ち支那事変以上の戦争に捲き込まれることを避けるために国家の総力を発揮する態勢をとることを目的としたのであります。その意図する所は畢竟戦争の防止にあり、戦争の準備ではないのです。当年世界の各国が国防を忽がせにしなかつたと同一であつて彼此の間に区別はないと考へました。

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 元来此の種の御前会議は政府と統帥部との調整を図ることを目的として居るのであります。日本の制度に於ては、政府と統帥部は全然分立して居りますから、斯の如き調整方策が必要となつて来るのであります。此の会議には予め議長といふものもありません。その都度陛下の御許しを得て首相が議事を主催するのを例と致します。此の会議で決定したことは、その国務に関する限りは更に之を閣議にかけて最後の決定をします。又統帥に関することは統帥部に持ち帰り、必要なる手続をとるのであります。斯の如くして後、政府並に統帥部は別々に天皇陛下の御允裁を乞ふのであります。従つて憲法上の責任の所在は国務に関することは内閣、統帥に関することは統帥部が各々別々に責任を負ひ其の実行に当るのであります。又幹事として局長なり書記官長が出席しますが、之は責任者ではありません。
 御前会議、連絡会議の性質及内容は右の如くでありまして政府及統帥部の任務遂行上必要なる当然の会議であり検事側の観測しあるが如き共同謀議の機関と見るは誣言であります。

(出典:「法廷証第3655号 宣誓供述書」。新漢字に改める)

[関連・参考]
『大東亜戦争の真実―東條英機宣誓供述書』(ワック)

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