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「ミロシウスとミロナと星と窓の話」新美南吉

 私(わたくし)たちがギリシャ神話の書物を読んでみますと、ずうっと昔、ジュピターという神様がプロメテウスという神様にパンドラという女を与えられたことが書いてあります。パンドラは一番初めに生まれた女であるそうです。
 その頃の人間は幸福で、戦争も病気も、年をとるということもありませんでした。いつもいつも楽しい春でした。
 木(き)の実は金色(きんいろ)でした。木(き)の葉も金色でした。海の色も金色でした。だからこの頃は Golden age(黄金時代)と呼ばれています。
 その次に来たのが Silver age(銀の時代)でありました。そのときには、春・夏・秋・冬がはっきり分かれました。いままで裸で木の実をたべていた人間は、夏と冬の暑さ寒さを防ぐために、家を建てることを知ったのであります。そして、彼らは野原にでて耕すことや、種をまくことを覚えたのでありました。
 Silver ageのことは、あまり遠い昔のことですから書物にも詳しく書いてありません。しかし、私たちは銀の時代という言葉を聞いただけできれいな空想を描(えが)きます。金よりも銀の方が尊くてきれいに思えます。銀の方がやわらかで静かです。私は書物に名前だけ載せられているお月様ほど遠い銀の時代に次の物語を挟みました。

 ミロシウスとミロナ。
 ミロシウスはミロナの兄さん、ミロナはミロシウスの妹。
 ミロシウスとミロナは、海辺を歩いています。
 ミロシウスは貝殻を拾いました。白くてなめらかな貝殻であります。ミロシウスは貝殻をミロナの頭にのせました。
 また一つ拾いました。
「あのきらきら光る星はきっとこんな貝殻のようなものでしょう」
と妹のミロナが言いました。
「いくつも貝殻が落ちているからきっとこの辺りには、たくさん貝がいるだろう。私(わたし)たちは長い間、木の実ばかり食べてきたから、明日(あす)は貝を拾ってご馳走しよう」
とミロシウスは言いました。
 ミロシウスは肩の広い、背の高い立派な若者であります。ミロシウスの足の大きいことは砂の上にのこった足あとを見れば分かります。足あとには青い波で消された足あともあります。
 ミロナは、
「あの星が落ちてきて貝になったのかしら」
と言いました。
「そんなことはない。星が落ちてきて貝になるのなら山にも貝があるはずだ」
そう言ってミロシウスは笑いました。
 ミロナは一人、水際へ下りて行きました。そして、青い水を覗きました。
 頭から貝殻は水に落ちてきらきらと光りながら沈んでゆきました。白い鱗の魚のようでした。
 ミロシウスは大きなヤドカリをとらまえました。
「ミロナ、ミロナ! ヤドカリが居たよ!」
 ミロナは水際から上がってきました。
「ヤドカリは夜、どこに寝るでしょう?」
ミロナは言いました。
「この殻の中さ」
「どんな夢を見るでしょう」
「さあ」
「青い海から光る星になって空に昇ってゆく夢を見るでしょう」
「ミロナ! 私たちもヤドカリの殻のような家を建てようね!」
「兄さん、お月様は段々溶けるんだね、そして溶けたお月様が海の波の上にチラチラと光るんだね。そうでしょう。ほら、お月さんは銀色です」
 ミロナの目も銀色です。銀色の溶けたお月さんが染みこんでいますから。
 ミロナとミロシウスは砂の上をまた歩いてゆきました。
「兄さん、オリンパスの山の上にいらっしゃる神様たちも今夜は寒いでしょうね」

 ミロシウスとミロナ。二人は仲のいい兄弟でありますよ。
 朝になると、白い砂が露を含んで光ります。白い靄(もや)が谷間(たにま)に沈みます。小鳥の声が響きます。森の中では殊に響きます。小鳥は銀色の翼です。
 ミロシウスは森から木の枝を採ってきました。そして、白い砂の上に家を描(か)きました。
「私たちはこんな家を建てような、ミロナ」
「窓はどこにつくの? 窓がないと、夜お星さまの護りを受けることができませんわ」
「私たちは海辺から石を拾ってきて、屋根と土台にしよう。森から木を切ってきて壁にしよう」
「窓をここにつけましょうね。夜になるとお星様がのぞいて見ることができるように」
「木はオリーブの木がいいな」
「窓から私たちが知らないうちにお星様が落ちてくるかもしれない」
「窓なんか作らないよ」
「兄さん! 窓を作らないの? 私たちはどこから、あの銀色の空を見るのです? どこからお星を仰ぐのです、私たちのお星を!」
 ミロシウスはからかってみたくなったのです。
「私たちには空も星もいらない。私たちには、木の実と水さえあればよい」
「まあ! オリンパスの山の神様たちよ、私の兄さんを許してください」
 ミロシウスは強そうな掌(たなごころ)で砂の上の家を消してしまいました。

 ミロシウスとミロナ。
 ミロナは森からオリーブの木を切って来ました。ミロシウスは海辺から、白い石を拾ってきました。白い石には海草(うみぐさ)が濡れて付いています。
 お昼になると、丸く積んだ白い石とオリーブの木に取り巻かれて、二人は木の実をたべました。
 ミロナは木の実の殻を小指の先に帽子のようにかむせました。
「ね、兄さん。私たちのお家に窓をつけようね。もしお星が落ちてきたら、私たちの窓から落ちてくるようにね。そしたら私、そのお星で兄さんの首飾りをつくってあげるよ」
「窓なんかはいらないよ。お星が落ちるはずがないよ。首飾りもいらないよ」
 ミロシウスとミロナ。彼らは本当に愛し合っているのです。
 白い砂の上に青い影を作ってミロシウスとミロナの家が建ちました。
 ミロシウスはミロナを嫌がらせて、終わりまで窓は作らないと言い張ったのです。そして、窓は作らないと言いながらも、四角な窓をつくったのでした。お星が覗けるように、高いところに。
「出来てしまったよ、私たちの家が」
 ミロシウスは屋根の上から下りてきました。ミロナは兄さんが窓を作ってくれないと思って頬を膨らしていました。
 窓のない家なんか白蟻の塔みたいなものだ、とミロナは思っています。
 ミロシウスが家の中へ入って、「ミロナも入って来い」と言いました。
 ミロナは外に立っていて、入ってきません。
「ミロナ、ミロナ」
 けれどミロナは黙っています。
「ミロナ、ゴーガンが来たぞ! そら、お前の後ろに」
 ミロナは家の中に飛びこんできました。
 ゴーガンは恐ろしい怪物ですから。
 けれど、それはミロシウスがミロナを家の中にいれるための嘘でありました。
 ミロナは窓を見つけました。四角に区切られた明るい空が、二人の上に落ちてきました。
「まあ! 兄さんの嘘つき!」
 ミロナはミロシウスとキッスしています。

 ミロシウスとミロナ。
 夜がくるとミロシウスとミロナは窓に向かってお祈りを捧げて、それから床(とこ)につくのでした。
 ある夜、ミロナはこの白い石とオリーブの木から出来ている家からいなくなってしまったのでした。
 ミロシウスは海へ行って大きな貝殻を拾って、それに妹の顔を描(か)きました。
 ミロシウスはそれを家に持って帰って、白い石の間に入れておきました。
 夜がくるとミロシウスは窓にお祈りしてから一人床に入りました。
 窓の星を見上げながら寝ていると、ミロシウスは家の外にミロナがいるように思えました。けれど、それは風でありました。
「ミロナはどこへ行ったろうか」
 星のことばかり言っていたから星になってしまったろうか。星になったなら、きっとあの窓から空へ昇っていったに違いない。それとも、妹は優しいきれいな女だったから、オリンパスの神様たちが南の方のイシオピア人のいるところへ連れていったのだろうか。

(終)


※出典『校定 新美南吉全集 第10巻』(大日本図書)

※原文は、ほぼ全てカタカナ。漢字ひらがな表記に改める。漢字の用字、句読点などは、筆者による。

下記は筆者の判断で改めた。
原文「プラミシユースト」→プロメテウス
「カンラン」(橄欖)→オリーブ

※新美南吉の著作権は消滅している。

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