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日本の都市(二十九)~(三十一)京都市

日本の都市(二十九)~(三十一)(「東京時事新報」明治45年(1912)1月18日、19日、22日)

日本の都市(二十九)
京都市(上)

皇城東遷の結果一時衰退せし京都の繁栄も交通機関の発達、文芸の復興、商工業の進歩等に伴いて漸次旧態に復せしのみか明治二十一年六月には洛東の隣接村たる愛宕郡の岡崎、吉田、浄土寺の諸村を割きて東北に発展し同三十五年二月には紀伊郡の東塩小路、西九条の両村を分ちて西南部に膨脹し近来又伏見町を始め紀伊郡の深草、東九条、柳原、葛飾郡の西院、朱雀野、衣笠、愛宕郡の大宮、下鴨、田中、白川など何れも市部の進展に連れて日に月に人家稠密、今や殆ど郡市の境界を識別しる能わざる場所少からざるに至れり
而して其結果として道路街衢の施設、衛生防火の設備等郡市の間統一を保つ能わざる場合多く不便少からざるを以て市の有志間には此際寧ろ是等の隣接町村の悉く市部に編入せんとするの議あり然れども以上の町村は何れも其所属各部に於ける財政上の宝庫をなすものにして単に市部の便益の為めにのみ之を郡部より分割する時は郡の蒙るべき経済上の影響極めて甚大なるのみならず或は其存立さえも覚束なきものあるに至るべきが故に未だ交渉行(ゆき)悩みの間にありて容易に実現する能わざるものの如し
遉(さす)がは三都の一として四十余万の人口を包容する丈に市の施設にかかる教育事業の如き見るべきもの決して少からず先ず特業教育の方面より見んに絵画専門学校は専門学校規定に由り日本画を専攻せんとする者又は中等程度の図書教員を養成せんが為めに設立せられたるものにして現に六十名の生徒を有し此経費毎年一万千三百三十余円たり又美術工芸学校は工業学校規程により美術工芸に従事せんとする者に必須の学術技芸を教ゆるものにして絵画科、図案科、彫刻科、漆工科等を置き現在の生徒数百九十余名にして経費約一万八千九百余円を要す又京都染織学校なるものあり工業学校規定に由り色染並に機織に関する学理と実際とを教授練習せしむるを目的とし生徒数百七十名経費毎年二万四百六十円を支出しつつあり
以上の三校は則ち京都の工業界美術界を代表し是等の従業者を養成せんが為めの機関なるが転じて商業教育に入るに第一第二の両商業学校あり何れも甲種商業学校の程度に基き商人必須の教育を施すものにして其修業年限は前者は四箇年後者は三箇年の区別あり前者の生徒数約七百人にして此費額三万百七十円、後者の生徒数は三百二十余人にして此費額一万五千五百九十余円たり而して第一商業に比して第二商業の生徒の数遥かに少く又費額の及ばざるは後者の僅かに去四十三年の開校にかかりて諸般の準備未だ全く整頓せざ[る]□基く□乙種商業学校程度のものに商業実修学校あり修業年限三箇年にして生徒数五百七十余人費額一万六千二百余円を要して常に第一第二の両商業教育機関の及ばざる所を補う
市立盲唖院は盲者、聾唖者に普通教育を授け兼て独立自営に必要なる技芸を教ゆるものにして普通科に盲尋常科、盲高等科、聾唖尋常科、聾唖高等科の区別あり技芸科には按摩、鍼按、音曲、絵画、裁縫、木工の各科を置き貧家窮民の為めには特に無月謝教授を行いつつあるが其成績頗る佳良なり而して本校の経費は特別会計とし必要に応じ一般会計中より補助支出するの方法を採る又市立高等女学校は女学校令に由り設立したるものにして生徒数約五百五十人経費二万千三百六十余円、府立女学校と相俟って専ら平安式婦人の養成に当りつつあり
右の外(ほか)京都特産の一たる陶磁器試験所に於ては市費の補助に由り練習生を養成して毎年熟練なる技術者を斯界に送れり又市教育会、私立商業学校等には市費中より年々一定の補助金の交付して其事業を督励す一般普通教育を見るに高等小学校は三校、尋常小学校は六十四校にして日に月に増加する児童の収容に努め居れるが市務の発展に伴う人口の増加並に義務教育年限延長の結果とにより以上の校数並に建設物を以てしては到底狭隘たるを免るべからず漸次増築又は改造の計画あると共に近く実科女学校をも建設せんとする協議あり恐らくは事実として現わるべし
市の教育事業は以上記述せる如く進運に向いつつあるが一方風紀に関する施設経営に至りては別に何等の見るべきものなきは遺憾とす近く商家店員の風紀矯正の為め店員表彰規定を設けんとするの計画あり又娯楽機関としては岡崎公園内に東宮殿下御成婚を紀念すべき建設したる有名なる動物園あり規模頗る宏大にして各種の動物を園内狭き迄に収容し其種類の夥多なる日本第一と称せらる而して右は市の直営にして学務課の管理に属せり


日本の都市(三十)
京都市(中)

市の衛生事業中上水道工事は数年来一大問題として有志者間に論議討究せられたる所なるが前市長西郷菊次郎氏の時代に於て愈(いよい)よ三百万円の巨資を投じて其事業に着手するに至り今や工事大に進捗して来る四月よりは市民の需用に応じて給水をなすを得べしと云う而(しかし)て最近に至り如上の計画にては或は市民全体の要望に適応する水量を給与するに如何あらんかとの説あり更に拡張工事を設計したるが其費額は約七十五万円を要すべく之を支出して拡張計画を竣成するに於ては京都市民は清浄にして豊富なる一大上水道を得て此点に於ては又何等の顧慮を要せざるに至らん然れども他方下水道の設備は全然欠如して未だ其目論見すらも是なし経費多端の折柄止むを得ざる事とは云いながら斯くの如き跛行的の衛生設備は大都市の体面上甚だ残念の次第とすべし
市営の避病院には日吉、聚楽の両院あり両院の経費合計四万六千円にして別に六千円の伝染病予防費を置く種痘其他の衛生事務を処理するが為には市に専門医を置きて之に当らしむ避病院は近く改築の計画ありて用地一万一千坪の買収並に建築費として九万六千余円の支出をなすべく又新たに隔離舎をも築設する予定にして四十五年度予算に計上し居れり又救済事業に於ては伝染病患者にして資力なき者は市民と否とを問わず医薬其他の費用を給与するの規定あり又前記避病院の入院費用は悉く市費に由り支弁すべき規定なるの外(ほか)行路病者に対しては法令の規定に由り市役所又は区役所に於て之が処置一切を行いつつあり
市の掃除行政は衛生課内に汚物掃除なる機関を設け掃除監督、巡視等合計五十人掃除夫百七十余人を使役して溝渠、街廁等の清潔法を初め町家一般の塵埃汚物等をも搬出焼却す市内の塵埃量は一箇月約八十万貫以上にして之に要する経費毎年約五万四千余円なり屠場も亦市の衛生課に属し市は屠肉商人より屠殺の依頼を受け手数料を徴して牛馬羊豚の屠殺を行のう而して本場の屠肉に非ざれは市内に於て発売することを禁ず手数料は牛馬一頭一円七十五銭、犢(こうし)羊豚八十銭にして最近一箇年の収入約二万円なり埋葬場は市立火葬場市有墓地等あるも旧慣に由り東西両本願寺の設立せるもの頗る盛大にして市営のもの甚だ振わず市有墓地の使用料は三尺四方一等地二円、二等地一円三等地五十銭の定めなり市場は計画あれども未だ実現の域に達せず
市内道路の総延長は精確なる調査を□かざ[る]も大約二百七十余哩(まいる)と見て大なる相違なかるべし而して目下は市内に於て最も重要なりとする道路七条の修理中なるが明年度に入らば此七条の新道路上に市営電鉄の運転を見るべく改修並に電車経営の費額は実に千五百万円の巨額に上る又既設の私営電鉄会社あり一昨年来世間を騒がしたる通行税横領問題を以て有名の会社なるが愈々市電の開通に逢わば恐らくは一大打撃たるべし貨物輸送機関としては市内を流るる高瀬川の曳船著名なれども市とは何等の関係を有せず又琵琶湖水を引用せる疏水運河は現に使用料を徴収して貨物船の通航を許容せり道路行政に伴随して道路植樹家屋制限、広告取締等も亦近来識者間に唱道せられつつあるも現今未だ何等の制限規定等を見ず
市の勧業行政を見るに陶磁器試験所は当業者の依頼に応じ質疑に答え尚お製作試験をも行い執務に差支(さしつかえ)なき限り器械及び窯の使用をも許容し主義としては一切無料を以てするにあれども経費の許さざる場合には使用料手数料を徴収することあるべく試験成績は一般当業者に公告する等(とう)京都陶磁器界の指針を以て任せり又市立商品陳列所は市内の生産品を陳列して一般公衆の観覧に供すると共に又欧米の製作にかかる参考品をも陳列して当業者の資料に充つ入場者の多数なること此種の陳列館中海内随一なりと称せらる
京都の商工業を助長するに就て見遁すべからざるものは琵琶湖の疏水に由る電力の供給是なり則ち従来は疏水量三百五十個に依り二千馬力の電力を起して市内の商工業者に給与し来り疏水沿岸の精米業の如き全く此水力に由り経営せらるるの状況なるが更に先般来三百五十万円の経費を投じて第二期工事に着手中にして予定の工程障害なくんば本年六月には全部完成すべくママ(その)暁には疏水量は七百五十個となり六千四百余馬力の電力を得べく市営[電]鉄の動力に使用すべき二千馬力を除きて他は悉く市の内外に於ける商工業者に売却使用せらるべし市の工業界は是より後(のち)更に刮目して見るべきものあらん


日本の都市(三十一)
京都市(下)

市の財政状態を見るに四十四年度に於ける一般会計経常歳入は金百四十七万七千六百十二円六十七銭、同歳出は金百七万九千四百七十九円二十四銭にして其内重なる費用を表示すれば左の如し

(歳入歳出の表。省略)

右の外(ほか)歳出臨時費合計は三十九万八千百三十三円四十二銭にして其主なるは臨時事業費繰入金十五万円、伝染病院の用地其他の衛生費十三万四百九十余円、道路橋梁の修繕其他の土木費四万九千二百十余円、陶磁器試験所増築其他の勧業費一万二千六百三十余円、公園経済繰入金一万五千円、火防器械費七千五百円、動物園修繕費四千八百五十余円、雑支出千八百円等を含む尚お此外に特別会計に属する盲唖院の学資金利子及び授業料其他より三万三千五百七十余円の収入あり院費に一万三百四十余円を支出したる残余二万三千百六十余円は臨時費として建築費中へ支出せり公園費も亦特別会計にして使用料収入二千百余円を計上し別に普通経済より資金を繰入れて円山公園整理を企てつつあり
市に基金制度なるものあり即ち教育基金(七百円)染織学校基金(債券二百三十余円内現金千九百円)衛生基金(債券七千六百五十円現金四千四百三十九円)動物園基金現金五千八百余円)盲唖院基金(債券三万七千余円現金三万五千余円)等にして何れも其利殖を図りて当該事業の発展に資せり又慈恵基金の利息千五百余円は年々京都感化保護院、平安孤児院、施薬院、養育院、協同夜学校、酬恩夜学校等市内に存在する各種の慈恵事業に分割補助せられ又美術工芸学校製品基金、染織学校製品基金等の利息は其多くは生徒の製作費
に充当せらる又罹災填補基金なるものありて各種の市造営物の自営保険制を定め居れり
京都市の一偉観を為す疏水より得る収入は水利事業と称して一般会計と区別計上せられ居れるが其四十四年度歳入予算は十九万三千六百十八円余にして内電気使用料十六万五千六百十余円、精米用其他の水力使用料四千七百五十余円、船舶其他の運河使用料六千百九十余円を重なるものとす又疏水事業に属する歳出予算は事務費三万三千二百九十余円、維持費二万円、第二疏水費繰入金十二万円等を重なるものとせり以上の如くにして一般会計の歳入中百七万余円は経常費に充当せられ残額三十九万余円中十五万円は上水道、電気鉄道、発電所等の臨時事業資金中へ毎年繰入れ其余の二十余万円は市の諸般の新計画並に造営物の大修繕費等に充用せられ居るが此有様は決して世運の進歩に伴うべき余裕ある財政の状態と云べからず去れば現在徴収しつつある戸別税を改廃して更に家屋税を課し以て収入の増加を図らんと目論見つつあるも税法必然の結果として一部富豪の間に反対論を惹起しつつあれば其実行容易の業に非ざるべし
京都市に於ては去三十八年来市勢の発展に資せんが為め第二疏水、上水道敷設道路拡築電車経営の三事業を企て之を市の三大事業と称せり而して四十年に入り仏国シンジケートより利率五朱を以て四千五百万法(ふらん)(日貨千七百五十万円)の市債を起し此事業の遂行に努めつつあるが右の内第二疏水に要する経費は三百七十八万円にして琵琶湖より紀伊郡伏見町に到る延長約六里の水路を開鑿し水道用水発電動力を得るの工事中なり又上水道工事に要する費額は約三百万円にして右の疏水により得る処の水量中三十箇を割きて五十万人の需用に応ずべき上水道を敷設するにあり而して人口の増加に伴い七十五万人迄に供給し得るの設備にして是又工事中に属せり道路拡築電車経営の費額は約一千三十七万円にして之に由りて市内の重要道路たる烏丸、千本大宮東山、七条、四条、丸太町、今出川の各線を拡築し新路上に電車の運転を為さんとするものにして是亦目下工事の半途にあり
右の三大事業中第二疏水と上水道工事とは恐らく本年五月頃に於て完成すべく道路並に電鉄は四十六年に入り竣工の予定たり又此事業に要する市債償還の方法は工事完成の上は第二疏水に由る電力水力供給収入五十一万円を得べく上水道収入又た七万九千余円、電鉄収入五十万円内外及び第一疏水中の十二万円、市の一般会計中の十五万円等を合して年々元利の償却に充当するの計画にして一見甚だ完全のものなるが如きも万々一にも事業の収入当局の予定する処に達せざるに於ては夫(それ)こそ市財政に取り由々しき大問題を惹起すべく今日より緊褌一番すべき事と云うべし
京都市に自治制を布かれたる際始めて市長の要職に就きしは市内の名望家内貴甚三郎氏にして多年在職市政に尽瘁する処少(すくな)からざりしが所謂功成り名遂げて其職を退き西郷菊次郎氏之に代れり西郷氏は人も知る大西郷の遺子にして中外の望を一身に負いい市長の椅子に倚るものなる其が治績は花々しきものなき中にも上記の三大事業を計画して其実行に着手したるの功績を没すべからず四十四年五月西郷氏辞任の後は適当の人を物色し得ず助役大野盛郁氏にて市長の事務を代理し来りたるが最近に至り警視庁出身の地方官にして特に藩閥家中に籠居し政友会内閣の成立と共に直ちに和歌山県知事を辞任したる川上親晴氏を迎えて其椅子を与えり自治制度施行後茲(ここ)に二十年、大都市の市長とし云えば足、官界を出でたることなき官僚臭味の人物を迎うること多し果して自治制の本旨に悖らざるや否や(完、次は和歌山市)

(原文は旧字旧かな。新字新かなに改める。[]は、判読困難或いは不能な箇所を筆者が推測で補ったもの。「□」は、判読不能の字。)

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