1988年
193頁
旧約聖書の「ヨブ記」は、たえず人々の関心を引きつけてきた。行ないの正しいヨブが、なぜ子供を殺され、財産を失い、不治の病いにかからねばならなかったのか。しかも、サタンの誘いに神がのってヨブを試した結果として。
ユングの感受性は何よりもまず「ヨブ記」の異様な雰囲気に引き寄せられる。そこでは聖書の中で他に類を見ないことが起こっている。人が神に異を唱え、反抗しているのである。神との確執の中でヨブが見たものは、神の野蛮で恐ろしい悪の側面であった。ヨブは神自身でさえ気づいていない神の暗黒面を意識化したのである。
ここでユングは独創的な見解を打ち出す。神は人間ヨブが彼を追い越したことをひそかに認め、人間の水準にまで追いつかなければならないことを知った。そこで神は人間に生まれ変わらなければならない、というのだ。ここにイエスの誕生につながる問題がある。旧約と新約の世界にまたがる神と人間のドラマを、意識と無意識のダイナミックなせめぎあいを通して、ユングは雄大に描いている。「ユングの数ある著作の中でも最高傑作」と訳者が呼ぶのも至当であろう。
出典:みすず書房公式サイト