『幻想の英雄―小野田少尉との三ヵ月』津田信(つだ・しん)(図書出版社)
昭和52年(1977)初版発行
302頁
著者は、小説家。
著者が見た小野田寛郎(おのだ・ひろお)を描いたノンフィクション。書名の通り小野田を英雄視することへの批判もテーマにある。
著者は、彼の手記(雑誌に連載され、後に『わがルバン島の30年戦争』として出版)のゴーストライターをしたことがあり、その際、約2ヶ月小野田と生活を共にした経験がある。手記は、伊豆の旅館を貸し切って、そこで寝泊りし毎日取材するという形で書かれたからだ。その時の経験とその後の取材により本書は書かれている。
小野田の29年間の潜伏、そして「発見」の経緯についてもうまくまとまっているので、前提の知識がなくても小説のようにわかりやすく読める。
約2ヶ月の小野田との共同生活の様子、エピソードなども詳述されている。
手記執筆時に行った、著者によるフィリピンのルバング島の取材も詳しく書かれている。
全体としては、公平に書かれている。あくまでも著者が見た小野田寛郎をありのままに描こうとしている姿勢がよい。
謎を明らかにしようと話が展開する部分もあり、ミステリーのようにも読めて興味深い。ただ、その謎はほとんど解明されずに、むしろ増えてゆくのだが、そこもまた色々な想像を掻きたて面白い。
本書には、小野田が行った現地人虐殺の話があるがこれは重要である。戦闘の中で行われたものではなく、恨みで行われたなぶり殺しである。
また、野坂昭如の小野田批判には感心した。「小野田さんは(略)遊撃戦にしろ、残置諜者にしろ、その本分は何も果たしていないじゃないか」という指摘は正鵠を射たものである。小野田のその他の面のすごさは別にして、この指摘は動かしがたい事実であるが、当時の小野田フィーバーの中では、ほとんどの人がこのことに思い至らなかっただろう。加えて当時は、小野田を批判すると彼をあがめる者から嫌がらせなどがあったそうである(下手すると命の危険すらあった)。そんな中でなされたこの野坂の批判は的を射ているし、立派である。
なお、筆者が読んだものは誤植が多数あった。(たしか50ヶ所以上)
これは、kindle版では直っているのだろうか。
参考情報をひとつ紹介する。
小野田と共に潜伏していた4人のうちの一人であった赤津勇一は、終戦5年後の時投降し、日本に帰還した。
本書にもあるその赤津の国会証言もなかなか興味深い。想像力の乏しい議員たちの中、山口シヅエの聡明さがうかがえる。
また、本書にとりあげられている小野田の問題は別にして彼は非常にまっとうな見識を語ってもいる。それも紹介しておく。
見るべき価値のある動画である。