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『増補 八月十五日の神話』佐藤卓己(ちくま学芸文庫)

『増補 八月十五日の神話―終戦記念日のメディア学』佐藤卓己(ちくま学芸文庫)

2014年12月10日第1刷発行
358頁




目次(収録作品)

序章 メディアが創った「終戦」の記憶
第1章 降伏記念日から終戦記念日へ―「断絶」を演出する新聞報道
第2章 玉音放送の古層―戦前と戦後をつなぐお盆ラジオ
第3章 自明な記憶から曖昧な歴史へ―歴史教科書のメディア学
おわりにかえて―戦後世代の「終戦記念日」を!

補論1 「八月十五日」の民意
補論2 「八・一五革命」再考
補論3 「九月ジャーナリズム」を提唱する

八月一五日が来るたび、先の戦争のことが語られる。だが、終戦の“世界標準”からすれば、玉音放送のあった「八・一五=終戦」ではなく、ポツダム宣言を受諾した八月一四日か、降伏文書に調印した九月二日が終戦の日である。にもかかわらず、「八・一五=終戦」となっているのは、なぜか。この問いに答えるべく本書は、「玉音写真」、新聞の終戦報道、お盆のラジオ放送、歴史教科書の終戦記述などを取り上げ、「終戦」の記憶がいかにして創られていったかを明らかにする。「先の戦争」とどう向き合うかを問い直す問題作である。

出典:筑摩書房公式サイト


著者は、社会学者、歴史学者。

本書は、8月15日に大東亜戦争(太平洋戦争)が終わったわけではないのに、なぜ8月15日が終戦の日(終戦記念日)という認識になっているのかを論じるのが主な内容。
ポツダム宣言の受諾は、昭和20年(1945)8月14日、昭和天皇の「玉音放送」が8月15日、日本軍への停戦命令は8月16日、降伏文書調印は9月2日、また、真の終戦ということなら主権を回復した昭和27年4月28日(サンフランシスコ講和条約発効)であって、8月15日を終戦の日とするのは違和感がある。素直に考えれば、9月2日だろう。では、なぜ8月15日が終戦の日となっていったのかを本書は新聞やラジオなどの「終戦」の取り上げかたを例示し考察している。

論の運び方が回りくどい所があるが、中々の良書。学ぶところ考えさせられるところがある。興味のある人にはおすすめ。

[関連]
『八月十五日の神話―終戦記念日のメディア学』佐藤卓己(2005・ちくま新書)
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