第六潜水艇の艇長として広島湾で潜航訓練中、機械故障により艇が沈没し、13人の乗組員とともに酸素が尽きて死亡。このとき乗組員が持ち場を離れず、佐久間自身も沈没の原因などを遺書に書き続けたことから、最期まで職務に忠実であったと称賛された。殉職時は大尉、死後少佐に昇進。享年30。
小官ノ不注意ニヨリ陛下ノ艇ヲ沈メ部下ヲ殺ス 誠ニ申訳無シ サレド艇員一同死
ニ至ルマデ皆ヨクソノ職ヲ守リ沈着ニ事ヲ処セリ 我レ等ハ国家ノ為メ職ニ斃レシト
雖モ唯々遺憾トスル所ハ天下ノ士ハ之ヲ誤リ 以テ将来潜水艇ノ発展ニ打撃ヲ与フル
ニ至ラザルヤヲ憂ウルニアリ 希クハ諸君益々勉励以テ此ノ誤解ナク将来潜水艇ノ発
展研究ニ全力ヲ尽クサレン事ヲ サスレバ我レ等一モ遺憾トスル所ナシ
沈没原因
瓦素林潜航ノ際 過度深入セシ為「スルイス・バルブ」ヲ諦メントセシモ 途中
「チエン」キレ依ッテ手ニテ之シメタルモ後レ後部ニ満水 約廿五度ノ傾斜ニテ沈降
セリ
沈拒後ノ状況
一,傾斜約仰角十三度位
一,配電盤ツカリタル為電灯消エ 悪瓦斯ヲ発生呼吸ニ困難ヲ感ゼリ 十四日午前十
時頃沈没ス 此ノ悪瓦斯ノ下ニ手動ポンプニテ排水ニ力ム
一,沈下ト共ニ「メンタンク」ヲ排水セリ 燈消エ ゲージ見エザレドモ「メンタン
ク」ハ排水終レルモノト認ム 電流ハ全ク使用スル能ハズ 電液ハ溢ルモ少々
海水ハ入ラズ 「クロリン」ガス発生セズ残気ハ五00磅(ポンド)位ナリ 唯々頼ム所ハ
手動ポンプアルノミ 「ツリム」ハ安全ノ為メ ヨビ浮量六00(モーターノト
キハ二00位)トセリ (右十一時四十五分司令塔ノ明リニテ記ス)
溢入ノ水ニ溢サレ乗員大部衣湿フ寒冷ヲ感ズ 余ハ常ニ潜水艇員ハ沈着細心ノ注意ヲ
要スルト共ニ大胆ニ行動セザレバソノ発展ヲ望ム可カラズ 細心ノ余リ畏縮セザラン
事ヲ戒メタリ 世ノ人ハ此ノ失敗ヲ以テ或ハ嘲笑スルモノアラン サレド我レハ前言
ノ誤リナキヲ確信ス
一,司令塔ノ深度計ハ五十二ヲ示シ 排水ニ勉メドモ十二時迄ハ底止シテ動カズ 此
ノ辺深度ハ八十尋位ナレバ正シキモノナラン
一,潜水艇員士卒ハ抜群中ノ抜群者ヨリ採用スルヲ要ス カカルトキニ困ル故 幸ニ
本艇員ハ皆ヨク其職ヲ尽セリ 満足ニ思フ 我レハ常ニ家ヲ出ヅレバ死ヲ期ス
サレバ遺言状ハ既ニ「カラサキ」引出シノ中ニアリ(之レ但私事ニ関スル事言フ
必要ナシ田口浅見兄ヨ之レヲ愚父ニ致サレヨ)
公遺言
謹ンデ陛下ニ白ス 我部下ノ遺族ヲシテ窮スルモノ無カラシメ給ハラン事ヲ 我念頭
ニ懸ルモノ之レアルノミ
左ノ諸君ニ宜敷(順序不順)
一,斎藤大臣 一,島村中將 一,藤井中將 一,名和中將 一,山下少將
一,成田少將 一,(気圧高マリ鼓マクヲ破ラル如キ感アリ) 一,小栗大佐
一,井手大佐 一,松村中佐(純一) 一,松村大佐(龍)
一,松村小佐(菊)(小生ノ兄ナリ) 一,船越大佐 一,成田綱太郎先生
一,生田小金次先生
十二時三十分呼吸非常ニクルシイ
瓦素林ヲブローアウトセシ積リナレドモ ガソリンニヨウタ
一,中野大佐
十二時四十分ナリ
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