2000年7月25日初版発行
173頁
目次(収録作品)
討論 三島由紀夫 vs. 東大全共闘〈美と共同体と東大闘争〉
討論を終えて
三島由紀夫「砂漠の住民への論理的弔辞」
東大全共闘
全共闘H「三島由紀夫と我々の立場―禁忌との訣別」
全共闘C「あるデマゴコスの敗北」
全共闘A「時間持続と空間創出」
昭和44年(1969)、東大教養学部の教室で行われた討論会をまとめた本(の文庫版)。
本書では全共闘側の名前はふせられているが、公表されているので記して置く。
全共闘H(小阪修平)、全共闘C(芥正彦)、全共闘A(木村修)。
(Wikipedia)
全共闘側の主張は支離滅裂で話にならない。巻末の全共闘の文章もひどい悪文で、内容も価値がない。
本書は、三島および全共闘を研究する人以外は読む必要はない。
見るべき所があるとすれば、三島の「砂漠の住民への論理的弔辞」だけだろう。三島は全共闘を下記のように分析している。その通りである。
「首楞厳経というお経があって、この首楞厳経の中には禅病というものが記述されてあるが、この禅病はオーソドックスなしかもドグマチックな思考の周辺に必ず生ずる鬼子的な異端の病気を列記したものである。すなわち、共産主義のような強烈なドグマチックな思想のまわりには必ず鬼子ないし葡萄状鬼胎が生じ(略)」
なお、三島と学生との討論なら本書ではなく一橋大や早稲田大などのものをおすすめする。下記の全集および『文化防衛論』に収録されている。
[筆者注]
本書巻末に「(略)なお、今日の人権擁護の見地に照らして、不適切と思われる箇所につきましては、著作権継承者の了解のもと、(中略)とさせていただきました。 角川書店編集部」
とあり、この文庫版には省略がある。ただ、全集では省略されていないのでここに記しておく。
〈〉内が省略箇所。
(本書p.9、全集p.442)
これは諸君に阿諛するわけではない。〈気違いが騒いで困るというのならば気違い病院へ入れればいいので、気違いというのを相手にして政府が騒ぐなんて、そっちのほうがみっともないじゃないか。(笑)大体気違いというものは大事に看護して、薬を与えて――このごろ精神病の薬も発達しておりますから、大事に檻に入れて看護すべきもので、気違いに怪我をさせたり、気違いを殺したりするというのは非常に非人道的で、けしからんと私は思います。〉私は諸君を気違いとは思いませんので、やはりこうして出てまいりました。
(本書p.37、全集p.459)
アフリカ〈の土〉人がみんな(略)
[関連・参考]
『決定版 三島由紀夫全集40』(新潮社)
『文化防衛論』三島由紀夫(ちくま文庫)