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「松の好きなおじいさんの話」新美南吉

 喜平さんは何より松の好きなおじいさんだ。毎日、あちらの空やこちらの空に高く見える松ばかり見てきた。殊(こと)に喜平じいさんは、村の真ん中のお医者さんとこの高い松が好きだった。俺が子供のときからあの松は俺と馴染みだった、とおじいさんはよく言った。また、一度その松が切られようとしたとき、おじいさんはその松を庇(かば)ってやった。この松を切るとあなたの家(うち)は、間もなく潰れますよ、と。おじいさんはお医者さんの家(いえ)にわざわざ行って言ったそうだ。それで、松は切られずにすんだ。
 おじいさんは月夜などには、煙草を吸いながらいつまでもその松を眺めていた。
 おじいさんもこの頃ではだいぶ弱った。ある日、おじいさんの松は三河の国から花火の筒に松を買いにきた人に売られてしまった。
 大きな松は切られてしまった。
 喜平じいさんは、切られた松をなでて、到頭切られてしまったなあ、と言った。そして、ほろりと涙をおとした。大きな松は大勢の人夫(にんぷ)に曳(ひ)かれて村を出ていった。おじいさんは別れを惜しんで村はずれまで付いて行った。そこまで来るとおじいさんは、皆(みな)の衆待ってくれ、俺はもうこれでこの松と別れるだで、一遍撫でさせてくれ、と言った。
 それから、三月(みつき)ほど経って、三河に大花火があった。おじいさんは床(とこ)の中から、上がってすぐ消える夜の花火を見ていた。あの花火の筒はあの松だろうな、と思いながら青い花火がパッとひらいて消えてゆくのと一緒に、おじいさんは目を閉じた。死んだのだった。三河のような遠いところの花火だから音は聞こえてこなかった。

(終)


※出典『校定 新美南吉全集 第10巻』(大日本図書)

※原文は全てカタカナ。漢字ひらがな表記に改める。人名や漢字の用字、句読点などは、筆者による。

※新美南吉の著作権は消滅している。

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