スポンサーリンク

『犯したアメリカ 愛した日本』三浦朱門・西尾幹二(KKベストセラーズ)

『犯したアメリカ 愛した日本―いまなお敗戦後遺症』三浦朱門・西尾幹二(KKベストセラーズ)

2002年9月1日初版発行
269頁




評論家の西尾と小説家、元文化庁長官の三浦の対談本。

両者が先の大戦の体験と考察を語る内容。いま読んでもまあまあよいだろう。

(p.33)
三浦「(略)黒人の小説でラングストン・ヒューズの”There Might Be Laughter”~」
とあるが、おそらく「Not Without Laughter」の間違い。

以下のエピソードが興味深い。

(p.74)
三浦「それから本当に情けなかったのは、軍隊用のシャベルです。(略)アメリカ軍払い下げの「アメスコ」と日本の学生が呼んでいたものがあって、ネジの締め方によって鍬にも使えるしシャベルにも使える(略)鍬に使えるということは、伏せたままで自分が入るための穴を掘ることができる。日本のシャベルは、シャベルにしか使えないんですよ。穴を作ろうとすると、半身起き上がらないといけない。そのためにどれだけの日本の兵士が死んだか。そのとき、日本の陸軍将校はくだらんことばかりやって、戦闘に直接的に必要な肝心のことをサボってきたんだな、と思いましたよ。」

西尾の中学時代のエピソード。
(p.168)
西尾「ある日先生が黒板に「偉人とは何か」と書いて一人一人に偉人の名前を挙げさせました。みんなエジソンとかキューリー夫人とかいろいろ言うわけですが、私は豊臣秀吉と言いました。(略)「秀吉はただの暴君で民主主義を知らない男だ。何事だ。女に手を出し領地を奪っただけの男に偉人の資格はない」というような話をする。秀吉に民主主義の尺度を当てはめるのはおかしいじゃないかと、子ども心に何となく思い、先生と激しくぶつかった思い出があります。先生が時代の流行の観念に毒されていたんですね。つまり学校の先生の頭の中に忠君愛国がいつの間にか、文化国家とか民主主義とかいう新しいイデオロギー一色に塗り込められた時代が、昭和二十三、四年でした。」

スポンサーリンク

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする

Secured By miniOrange