『萬葉集釋注五 巻第九・巻第十』伊藤博(いとう・はく)(集英社文庫ヘリテージシリーズ)全10巻
2005年9月21日初版発行
712頁(本文654頁・注・解説・エッセイ)
収録作品(目次)
万葉集 巻第九(1664~1811)
万葉集 巻第十(1812~2350)
解説 万葉集解説五(三田誠司)
うたの大きさ―私の愛する万葉集(竹西寛子)
万葉集のすべての歌を訳し、それぞれの歌について解説をした本。
筆者の知る限り本書のような書籍はこれのみである。
全訳されたものは、ほかに『新版 万葉集 現代語訳付き』伊藤博(全4巻)と『万葉集 全訳注原文付』中西進(全4巻+別巻1)とがあるがそれらには、解説・評釈はない。
「これまでの万葉集の注釈書は、一首ごとに注解を加えることが一般的であった。だが、万葉歌には、前後の歌とともに歌群として味わうことによって、はじめて真価を表わす場合が少なくない」(本書p.3)との考えから注釈されている。
端正で達意の文章が心地よい。
注釈書は見開きページの上や下の何分の一を区切って、そこに小さい文字がびっしりと並んでいるものも珍しくないが、本書は注はうしろにまとめて、本文の文字は大きく行間は広く、読みやすい素晴らしい構成である。ページの下部隅に歌番号が付されているので番号が分かれば、目当ての歌を楽に探し出せるのも便利。
それから、第1巻から順に読まなくとも各巻単体でも分かるように配慮されているのもよい。
大部の本で読み通すのに時間がかかるが、万葉集のすべての歌を知りたい人には本書が最良である。
当然、研究する人は必読必携。
巻九(1740)(p.122)に浦島伝説に材を取った高橋虫麻呂の歌を収める。
本書は評釈なので著者自身のエピソードや体験の記述は稀である。その数少ない著者の体験と絡めた解説がとても印象深い。
p.295~
春雨に 衣はいたく 通らめや 七日し降らば 七日来じとや(1917)
春雨で、肌着までびっしょり濡れ通るようなことがありましょうか。もし七日降り続いたなら、七日ともおいでにならないというのですか。
春雨を口実に訪れようとしない男をなじった歌である。……
勤務校の雑務に追われて、近くに住みながら一か月ばかり足遠になった時、澤瀉久孝先生から、この歌を墨書した短冊を頂いたことがある。遊びに来てほしいという先師の熱い心を知って、いたく感動した経験が筆者[引用者注:伊藤]にはある。短冊は、今たいせつに架蔵されている。
p.561高松の この峰も狭に 笠立てて 満ち盛りたる 秋の香のよさ(2233)
高松のこの峰も狭しと傘を突き立てて、満ち溢れている秋のかおりの、なんとかぐわしいことか。
峰一面に生えている松茸のかおりのよさを讃えた歌と覚しい。……
松茸が山の峰を覆って生えるなどという光景は今日では接したくとも接しられない。……余談ながら、筆者は京都高雄の山奥で、澤瀉久孝先生とともに、全山に松茸の林立する姿に接したことがある。足の踏み場もないほどにびっしりと生い並ぶ松茸は燃え立つ芳香を放って、花のごとくであった。
[関連]
『萬葉集釋注五 巻第九・巻第十』伊藤博(1996・集英社)単行本、定価:12,815円(税込)
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[参考]
『新版 万葉集 現代語訳付き』伊藤博(角川ソフィア文庫)(全4巻)
『万葉集 全訳注原文付』中西進(講談社文庫)(全4巻+別巻1)