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『「檄文」の日本近現代史』保坂正康(朝日新書)

『「檄文」の日本近現代史―二・二六から天皇退位のおことばまで』保坂正康(朝日文庫)

2021年10月30日第1刷発行
332頁




目次(収録作品)

1 御聖示を賜りたく 天皇直訴事件
2 あかつきの共産党大弾圧 三・一五事件
3 満蒙はわが国の生命線 満州事変
4 打て、打て、打て 抗日ビラ
5 起って真の日本を建設せよ 五・一五事件〔ほか〕

著者は、ノンフィクション作家。

本書は、『檄文昭和史』を加筆・改題した『昭和史の謎 “檄文”に秘められた真実』に、さらに加筆し、改題した改訂版。

著者が当時の世相を示すと考える”訴え”を取り上げ論評している。

所々、偏った見方、一方的な見方があるのが気になった。

「終戦の詔勅」を引用(p.119)しているが、一部を省略しているのが奇異。最も知られているフレーズが含まれている部分である。省略部分は下記(表記を変える)

而も尚交戦を継続せんが終に我が民族の滅亡を招来するのみならず延て人類の文明をも破却すべし。斯の如くんば朕何を以てか億兆の赤子を保し皇祖皇宗の神霊に謝せむや。是れ朕が帝国政府をして共同宣言に応せしむるに至れる所以なり。

朕は帝国と共に終始東亜の解放に協力せる諸盟邦に対し遺憾の意を表せざるを得ず。帝国臣民にして戦陣に死し職域に殉じ非命に斃れたる者、及び其の遺族に想を致せば五内為に裂く。且、戦傷を負ひ災禍を蒙り家業を失ひたる者の厚生に至りては朕の深く軫念する所なり。惟ふに今後帝国の受くべき苦難は固より尋常にあらず。爾臣民の衷情も朕善く之を知る。然れども朕は時運の趨く所堪え難きを堪へ忍び難きを忍び以て万世の為に太平を開かんと欲す。

朕は茲に国体を護持し得て忠良なる爾臣民の赤誠に信倚し常に爾臣民と共に在り若し夫れ情の激する所濫に事端を滋くし或は同胞排擠互に時局を乱り為に大道を誤り信義を世界に失ふが如きは朕最も之を戒む。

また、「新日本建設に関する詔書」のある部分を批判しているが、筆者は見当外れだと思う。

(p.178)
「“道義の頽廃”は、戦争によるひとつの結果である。頽廃しているのは、生活がドン底に落ちこんだときの人間の側面である。それを見ずして、一方的に道義が頽廃しているというのは、いささか無責任だとの印象をもたれても仕方あるまい。」

詔書は、次のように言っている。
「大小都市の蒙りたる戦禍、罹災者の艱苦、産業の停頓、食糧の不足、失業者増加の趨勢等は真に心を痛ましむるものあり。(中略)
惟ふに長きに亘れる戦争の敗北に終りたる結果、我国民は動もすれば焦躁に流れ、失意の淵に沈淪せんとするの傾きあり。詭激の風漸く長じて道義の念頗る衰へ、為に思想混乱の兆あるは洵に深憂に堪えず。」

著者は、「生活がドン底に落ちこんだときの人間の側面」を見ていないというが、上記は生活のどん底を踏まえて述べていると理解するのが正当であろう。

(p.191~)
60年安保の話。安保闘争側の立場で(のみ)書かれているのは不公平である。

(p.224~)
三島事件。楯の会の檄文 。筆者には、不適当と思う省略が見られる。省略部分は下記。

われわれにとって自衛隊は故郷であり、生ぬるい現代日本で凛烈の気を呼吸できる唯一の場所であった。教官、助教諸氏から受けた愛情は測り知れない。しかもなお、敢てこの挙に出たのは何故であるか。たとえ強弁と云われようとも、自衛隊を愛するが故であると私は断言する。

 しかるに昨昭和四十四年十月二十一日に何が起ったか。総理訪米前の大詰ともいうべきこのデモは、圧倒的な警察力の下に不発に終った。その状況を新宿で見て、私は、「これで憲法は変らない」と痛恨した。その日に何が起ったか。政府は極左勢力の限界を見極め、戒厳令にも等しい警察の規制に対する一般民衆の反応を見極め、敢て「憲法改正」という火中の栗を拾わずとも、事態を收拾しうる自信を得たのである。治安出動は不用になつた。

 われわれは悲しみ、怒り、つひには憤激した。諸官は任務を与えられなければ何もできぬという。しかし諸官に与えられる任務は、悲しいかな、最終的には日本からは来ないのだ。シヴィリアン・コントロールが民主的軍隊の本姿である、という。しかし英米のシヴィリアン・コントロールは、軍政に関する財政上のコントロールである。日本のやうに人事権まで奪われて去勢され、変節常なき政治家に操られ、党利党略に利用されることではない。
 この上、政治家のうれしがらせに乗り、より深い自己欺瞞と自己冒瀆の道を歩もうとする自衛隊は魂が腐ったのか。武士の魂はどこへ行ったのだ。魂の死んだ巨大な武器庫になって、どこへ行こうとするのか。纎維交渉に当っては自民党を売国奴呼ばわりした纖維業者もあったのに、国家百年の大計にかかわる核停条約は、あたかもかつての五・五・三の不平等条約の再現であることが明らかであるにもかかわらず、抗議して腹を切るジェネラル一人、自衛隊からは出なかった。


[関連]
『檄文昭和史』保坂正康(1980・立風書房)

『昭和史の謎 “檄文”に秘められた真実』保坂正康(2003・朝日文庫)
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