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「シンガポール陥落」高村光太郎

シンガポール陥落

シンガポールが落ちた。
イギリスが砕かれた。
シンガポールが落ちた。
卓上の胡桃割に挟まれた
胡桃のやうに割れてはじけた。
シンガポールが落ちた。
力が力をねぢ伏せた。
シンガポールが落ちた。
彼等の扇の要が切れた。
大英帝国がばらばらになつた。
シンガポールが落ちた。
つひに日本につぽんが大東亜を取りかへした。
あまり大きな感激は
むしろ人を無口にさせる。
お伽噺にきくやうな
そんな猛獣毒蛇の巣に踏み入つて、
われらの同胞は戦つた。
あの米屋のむすこさんも、
あのお店の板前も、
あの哲学の研究生も、
あの訓導も、あの教授も、
われらの隣人が皆血を流して
文字通りおもてもふらず突進したのだ。
言語にたえた強引に
油と火の海をものり越えたのだ。
空と海と陸との
こんな見事な一体化が曾てあつたか。
シンガポールが落ちた。
感謝の思に手がふるへる。
シンガポールが落ちた。
印度洋の波のやうに胸がゆれる。
シンガポールが落ちた。
残虐の世界制覇者をつひに破つた。
シンガポールが落ちた。
傲慢なアングロ・サクソンをつひに駆逐した。
シンガポールが落ちた。
大東亜の新らしい日月が今はじまる。
シンガポールが落ちた。
大東亜のもろもろの民よ、共にきけ。
ああ、シンガポールがつひに落ちた。



出典:『高村光太郎全集 第3巻』(筑摩書房)。新漢字に改める。
※高村光太郎の著作権は消滅している。

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