『菊と刀 日本文化の型』ルース・ベネディクト、越智敏之・越智道雄訳(平凡社ライブラリー)
2013年8月9日初版発行
455頁
目次(収録作品)
研究課題―日本/戦時中の日本人/「各々其ノ所ヲ得」/明治維新/過去と世間への債務者/万分の一の恩返し/「義理ほどつらいものはない」/汚名をすすぐ/人情の領域/徳のディレンマ/修用/子供は学ぶ/降伏後の日本人
著者は、アメリカの文化人類学者(女性)。(1887-1948)
本書は、第二次世界大戦時、戦時情報局の日本班チーフだった著者がまとめた報告書「Japanese Behavior Patterns」(『日本人の行動パターン』)を元に一書として執筆されたもの。
この結構大部な本を読む必要はない。(著者や日本文化論やプロパガンダなどを研究するなら別だが。)
多くの誤認、間違いがみられる偏見に満ちたプロパガンダ本である。文化相対主義を謳っていながら、実際はそのような論述ではない。妄想的と言ってよい部分も散見される。それぞれの集団や階層や時代の違いなどを考慮していない誤った、あるいは見当違いな分析の数々が断定的な文章で論じられている。事例や出典がなく断定している部分も多く、とても学者の著作とは思えない。それでも、ひとつの読み物として優れていたり、学びに役立つなりするなら価値もあろうが、それもない。
本書平凡社ライブラリー版は、事実誤認などに多く注しているが、それでも最小限であり、きちんと注したら事実の間違いだけでも、優にこの5倍以上が必要だろう。
プロパガンダでない部分の分析もおかしな所がおおい。
「その所を得る」という表現に注目して分析しているが、これは見当違いである。漢文訓読的な単なる言い回しにすぎない。また、「義理」の分析なども見当違いの部分がおおい。おそらく著者は、「義」という漢字すら知らないで論じていると思われる。「義理」の義と「正義」の義が同じ漢字であることも分かっていないだろう。それから、「忘我」とか「無我」ということについても、(おそらく直訳を)まったくの文字通り受け取っていて、「理性が全くない状態」のように捉えている。
(p.126ほか)
「日本人の先祖崇拝の対象は、記憶にある間近の先祖たちに限定されている。」
(p.347)
「夫が他の女性に目を移した場合、妻は日本で容認された風習である自慰行為に慰みを求めることがある。」
多数ある事実誤認の中の二つだけを挙げた。こういう所に注がないのはおかしい。
まともな見識のある日本人は、本書は一笑に付せばよいだけが、このような問題のある書がいまも外国で読まれていて、信じられているかも知れないことを筆者は憂慮する。
こんな本を読み時間を浪費するよりも筆者は、以下の本をおすすめする。
『代表的日本人』内村鑑三
『逝きし世の面影』渡辺京二
『忘れられた日本人』宮本常一
『東京に暮す―1928~1936』キャサリン・サンソム(岩波文庫)
[参考]
『民俗学研究』14巻4号「ルース・ベネディクト『菊と刀』の与えるもの」(1950)
「評価と批判」川島武宜
「社会心理学の立場から」南博
「日本社会構造における階層制の問題」有賀喜左衛門
「科学的価値に対する疑問」和辻哲郎
「尋常人の人生観」柳田国男
(本書に対しての当時の日本の識者の論文。)